【第230講】多くの外国人も歴史の一員

れき女
以前、先生からいただいた「外国人が見た幕末・明治の日本」を読破しました。
先生
大げさな…読みやすい本だ。
れき女
開国後に、こんなにたくさんの外国人が来日していて、多くの事件が起こっていたとは。
先生
アメリカに続き列強各国が条約を結びに来たのだからね。
れき女
ペリーとかハリスとかパークスとか、名前だけはなんとなく知ってはいたのですが。
先生
開国させたのがペリーで軍人。ハリスは米国初代駐日総領事・公使。パークスは第2代英国駐日公使。その前はオールコック。
れき女
今回、やっとその登場人物と時系列が分かった…気がする。
先生
それは…よかった。
れき女
欧米に追い付けとばかりに軍艦とかも買いますよね。
先生
軍艦を買ったら、操る軍人育成に外国人指導者が必要なのだ。
れき女
鎖国から一気に外国人が。
先生
当初、一部の攘夷派は、それこそ外国人なら誰でも斬った。
れき女
個別に外国人を襲撃して何か得になりますかね?
先生
外国人が日本で殺されると国際問題だ。幕府の責任となり政権が弱体化。結果、倒幕となる。
れき女
長崎の龍馬展で「パークス事件」の攘夷派実行犯の刀と、護衛(政府側)の刀が並べて展示されていました。刃こぼれだらけ。
先生
パークス事件は慶応4(1868)年3月。大政奉還後だ。
政府は西欧諸国の公使らを京都に招き、天皇に謁見(えっけん)させる「おもてなし」を企画した。
れき女
それが許せない…と、攘夷派が襲撃したのですよね。
先生
攘夷鎖港を掲げて倒幕した薩長主導の新政府は、すぐに開国和親へ。攘夷派には話が違う。
れき女
変わり身早い。というより時代の流れはそうなるしかない。
先生
大変動なのだ。
れき女
捕縛された攘夷志士は英外交官ミットフォードに親切に世話してもらい、「外国人を知らなかった。わが身が恥ずかしい」と。でも斬首されてしまいますが…。
先生
ミットフォードとアーネスト・サトウ。この2人はパークスの有能な部下で通訳。日本通だ。
れき女
アーネスト・サトウは幕末の政局に影響を与えたとか。
先生
江戸城無血開城に関与した。
れき女
日本の激動期に日本にいた外国人たちも、間違いなく歴史の一員だった。
先生
来年で明治150年じゃ…。
第230講
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