【第234講】災害や火事を乗り越えて…

れき女
明治維新から150年を前に、大政奉還の現場「二条城」を再確認しようと、春の京都へ行ってきました。
先生
おや、勉強に行ったとな?
れき女
いや…。京都駅のあまりの人の多さに仰天して、徒歩15分の東本願寺と西本願寺に変更。
先生
二条城じゃないのか! 明治維新からだいぶ跳んでおる。
れき女
それにしても大きい〜。
先生
大きな寺だ。東西は通称。龍谷山本願寺(西本願寺)と真宗本廟(東本願寺)が正式名称。
れき女
もとは同じだったんでしょう?
先生
鎌倉中期に親鸞によって開かれた浄土真宗だが、室町、戦国と戦乱の中に変遷していく。
れき女
領国支配の戦国大名みたいな感じですよね。
先生
そうだ。理想の国家をつくる。だから織田信長との10年戦争になるのじゃ。
れき女
1570年に始まった石山戦争ですね。本願寺法主の顕如(けんにょ)が石山本願寺(大阪)にこもって信長と戦った。宗教の力を権力者は恐れた?
先生
恐れもしたし利用もした。
れき女
結局、顕如は信長と講和して石山寺を出ますよね。
先生
この時、穏健恭順派と顕如の長男・教如(きょうにょ)率いる徹底抗戦派に別れる。それが後の分立となるのだ。
れき女
内部分裂がきっかけ?
先生
信長亡き後、豊臣秀吉の京都再編構想で穏健派は堀川六条に本願寺を再興。顕如の三男・准如(じゅんにょ)が法主を継ぐ。
れき女
堀川なら西本願寺だ。
先生
関ケ原後の1602年、教如と懇意だった徳川家康が、烏丸七条に寺地を寄進する。東本願寺の始まりじゃ。
れき女
結構、いろんな事情が絡んでいますね。
先生
そういう時代だ。
れき女
西本願寺の飛雲閣やら唐門やらは当時のもので国宝でしたが、東本願寺の建物は、ほとんどが明治になっての再建でしたよ。
先生
火事で焼失したのだろう。
れき女
その火事、幕末の禁門の変ですよ。御所と二条城と西本願寺はギリセーフだったそう。ほら幕末につながったじゃないですか。
先生
強引に結び付けたな。しかし、災害や火事を繰り返し乗り越え今につながっているのは確かだ。
れき女
季節はめぐり、桜は満開。
先生
やはり桜の花見が目的だな。
第234講
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