親を頼れない子ども・若者を支援する団体「NPO法人トナリビト」代表の山下祈恵さんが、子どもたちと過ごす日々の出来事をつづります。

「今日のご飯なにー?」。トナリビトが運営するシェアハウスでは、夕方になるとおなかをすかせた入居者たちがリビングにぞろぞろと顔を出しはじめます。

自立支援シェアハウスIPPOは、親を頼りづらい若者の自立を支えるために生活支援を行っているシェアハウスです。

IPPOにやってくるのは、主に10代後半の若者たち。小さい頃から児童養護施設で育ち、年齢的に施設を出なければならなくなった18歳。親を頼れず、自分で生活していかなければならないけれど、高校を中退したために施設に入れず行き場がなかった15歳。DVなどを理由に家から逃げ出してきた19歳。

みんないろいろな事情を抱えてやってきます。いろいろな事情の中で気持ちが落ち着かない子もいます。そんな若者たちにまず必要なものは何でしょうか?

それは「おなかいっぱい食べられて」「安心して寝られて」「見守ってくれる人(=自分に関心を持ってくれる人)がいる」こと。

イラスト さいきゆみ

中でもIPPOが関係づくりの初めの一歩として大事にしているのは、毎日のご飯です。入居者の中には、「ご飯は基本、コンビニ飯しか食べたことがない」という子や、保護されるまでろくにご飯を食べてなかった…という子も。唐揚げやラーメンなど、コンビニなどでよく見かけるご飯は喜んで食べるけど、煮物やおひたし、魚といったメニューは、「見たことがないから」とかたくなに手を付けない、なんてこともあります。

だからIPPOではみんなが食べたいご飯を作るようにしています。甘やかし過ぎじゃない?と思われるかもしれません。でもいろいろな事情を抱えた子、特にネグレクトを経験して育った若者の中には、放っておくとご飯を食べず、お風呂に何日も入らなくても平気!なんてケースも少なくありません。また「自分はどうなってもいいんだ」「自分の命なんて」「別に死んでもいいし」という思いの裏側で、「誰かに自分を気にかけてほしい!」とSOSのサインとしてご飯を食べない、という表現を選ぶ子もいます。

「ご飯を食べる」ことは「生きること」ですから、自己肯定感が低かったり、心が不安定になったりしている子にとっては、心から安心してご飯を食べることは、そう簡単なことではないのかもしれません。そのような若者にとっては、ご飯をきちんと食べる、ということだって、一つのチャレンジ。生活習慣を整えるのも、事情を抱える若者たちにとっては膨大なエネルギーが必要なのです。

IPPOでご飯を作るときには、「今日、何食べたい?」とよく聞くようにしています。本人の好き嫌いに合わせてメニューを一人ずつ、ちょっぴり変えたりもします。だから面白いのは、お皿にのったトマトの数を見て、誰のためのお皿なのか分かったりするところ。小さな違いですが、みんなまとめて同じものを出すだけでなく、一人一人に合わせたそんな「特別感」があってもいいと思うのです。

ご飯をリラックスして食べれるようになって初めて、しっかり寝て、次に進むエネルギーが生まれてくる思うのです。「同じ釜の飯を食う」というこの時間をみんなで楽しみながら、今日もご飯を頂きます!


PROFILE
山下 祈恵

NPO法人トナリビト代表。親を頼れない子ども・若者や社会的養護出身者を対象に自立支援シェアハウスIPPOを運営する傍ら、相談窓口・居場所スペース、就労支援ネットワーク、学習支援、普及啓発活動等を通じて支援を行っている。公式サイトはhttps://www.tonaribito.net/