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11話 「Aさんのこと その3」

大嫌いだったAさんとの仕事が、
以前のように苦痛に感じられなくなったことで
私の仕事に対するストレスもかなり軽減され、
自分自身が楽になることができた。

そんなある日のこと。Aさんが私の部署に、仕事を持ってきた。
それは、いつものことだけど超特急で仕上げなければいけない
日数ギリギリのスケジュールでの仕事。

残業しろと言わんばかりの無理のある工程に、
それまでの私だったらため息まじりに、ひったくるように受け取っていたかもしれない。
しかし、「わかりました! でき次第なるべく早くお持ちしますね」
と、ニッコリ笑って受け取った。
すると、Aさんは「ごめんね、無理言って」と申し訳なさそうに頭をペコリと軽く下げ、
その場を去って行った。

数秒後、部署の女性たちが一斉にわっと寄ってきて
「いま、いま、Aさんが『ごめんね』って言ったよね!?」
「信じられない、あのAさんが私たちに謝るなんて」
と、大興奮。一呼吸置いて考えると、確かにそうだ。
彼の口から、下働きの下僕としか感じていない女性陣に
おわびの言葉を述べるのを聞いたことはなかった。
その言葉を聞いた時、息子に告知を受け
大きな荷物を下ろした時のような感覚が私を包むのがわかった。

それから、Aさんは他の女性たちとも普通に話をする、
ニコニコよく笑う楽しいおじさんになった。

ひとり。たったひとりの理解者がいるだけで、
息子を取り巻く環境はガラリと変わるだろう。
どうか将来、たかぞうが社会に出た時に
やさしく笑いかけてくれる人がいますように。

それだけで、たかぞうの世界は一変するはず。
それを祈らずにはいられなかった。

(つづく)