コロナ禍の初めに、私の祖母は亡くなった。
コロナが原因ではなくて、心不全だ。
最後にきちんと会えたのは去年の2月、熊本で初めてのクラスターが出る直前だった。
しばらくして、1日につき身内から代表者が1名、5分間の面会を許された。
祖母が昏睡状態になり、いつどうなってもおかしくない状態になったからだ。
その後、病院で一人息を引き取った。看取ることは誰も出来なかった。

私が祖母の些細な表情も、節張った白い指も、名前を呼ぶ声も、全て容易く思い出せる理由は、
長らく通いで介護の真似事をしてきたからだと思う。祖母が、祖母としての振る舞いを見せることが出来ないほど辛い時も
私は祖母と居た。けれど最期だけはわからない。

そんな祖母の夢をみた。
寝台列車の、夕暮れほどの薄暗い部屋で椅子に腰掛けていた。
私が駆け寄り、見舞いに行けなかった理由を説明しようとすると「ぜーんぶみえとったよ」と言われた。
もしかしたらこれは私の気持ちが見せただけかもしれない。
私は「おばあちゃん、ごめんね」と返した。祖母は小さく微笑んでいた。