我が家には保護猫がいます。一緒に暮らして6年目の老猫です。触れますが、抱っこはできません。体に大きな怪我があります。最初に獣医さんに見てもらった結果「部位から察するに喧嘩というより、罠とか人的な被害かもしれない」と言われました。

私は猫が好きです。家にいる猫は家から出しません。猫を家から外に出す友人は「可哀想」と言いました。
飼い主の名前と住所を刻んだ首輪をしています。以前SNSで「首輪は可哀想」という意見を読みました。
でも、外に出して怪我をしたり最悪死んでしまうこと、迷子になっても探す宛がなくなることのほうが私はよっぽど可哀想だと思うんです。これは私の価値観です。

私の猫は、可能性としてですが、何らかの人的な被害で怪我をしています。
私は猫が大好きですが、猫の糞尿被害に長らく困っていました。中には赤い首輪をつけた飼い猫もいました。とても腹立たしかったです。
猫が怖いという友人もいますし、猫が嫌いな親戚もいます。友人も親戚もそれは間違った感性ではありません。
私が蛇やトカゲが嫌いなことと同様に、猫が嫌いな人がいます。
私が犬が怖いことと同様に、猫が怖い人がいます。
考えると、愛されて当たり前の生き物はいないんです。
猫も犬もウサギも鳥も、子どもも、高齢者も、私も。
大好きだからこそ、気を配らなければならないことが沢山あると思うようになりました。
勿論、だからといって危害を加えていいという話ではないです。それはまた別で、絶対に駄目です。
ただ、可愛いから、猫だから、で通るものは何もないのです。だから、猫が嫌いな人、怖い人にそういう思いをさせないようにする事はとても大切なことだと思います。

私はやっぱり家から猫を出す気はありません。
首輪もつけます。私の大事な猫が、誰かに嫌な思いをさせたくない、させないようにすることも私が猫に注ぐ愛情の一つで、周りへの思いやりの一つだと感じたからです。