【453号】〜日本マラソンの父〜 金栗四三の伝説人生 Legend History

ことしの大河ドラマ「いだてん」の主人公の一人で、“日本マラソンの父”と呼ばれる金栗四三。熊本県・和水町(旧玉名郡春富村)に生まれ、日本初のオリンピック選手として、3度オリンピックのマラソン競技に出場した彼は、生涯にわたって数々の「伝説」を残しています。ことし大注目間違いなしの金栗四三のすごすぎるエピソードと功績の数々を紹介。貴重な品々が展示されるミュージアムや関連イベントの情報もあります!

体力・気力・努力の金栗イズム 日本スポーツ界に多大な貢献!!

日本マラソンの父

金栗 四三(かなぐり しぞう)

1891(明治24)年~1983(昭和58)年。マラソン選手として日本人初のオリンピック出場を果たしたほか、日本の陸上、スポーツの振興に力を注いだ。紫綬褒章、旭日小綬章のほか、県近代文化功労者、玉名市名誉市民など受賞(受章)多数。

Legend File.1 日本人初のオリンピック選手として3大会に出場を果たす

日本が初めて参加した1912年の第5回オリンピック・ストックホルム大会に、たった2人の日本人選手の一人として参加。国内予選で、当時の世界最高記録を破る2時間32分45秒を記録し期待がかかりましたが、途中棄権となり結果を残せませんでした。その後、戦争のため中止となった第6回ベルリン大会をはさみ、第7回アントワープ大会(1920年)、第8回パリ大会(1924年)にも出場。日本マラソン界の礎を築きました。

出場した五輪での成績

◆第5回ストックホルム大会
暑さのため26.7km地点で棄権、民家で介抱される
◆第7回アントワープ大会
2時間48分45秒(16位)
◆第8回パリ大会
32.3km地点で意識不明となり棄権


Legend File.2 箱根駅伝創設をはじめ日本マラソン界の発展に尽力

金栗四三は、選手として活躍しただけでなく、その後の日本陸上界やスポーツ界にも多大な貢献をしました。その一つが、今や正月の風物詩となっている「箱根駅伝」の創設。彼が28歳の時、「マラソン選手の育成・強化には駅伝競走が最適」と呼び掛け、1920年に行われた「四大校駅伝競走」が、現在の箱根駅伝の始まりとされています。箱根駅伝では、そんな金栗四三の功績をたたえ、2004年の第80回大会から、大会最優秀選手に「金栗四三杯」が贈られています。

金栗杯を獲得した主なランナー

◆今井正人選手(順天堂大→トヨタ自動車九州)
山登りの5区で抜群の走りを見せ、初代「山の神」と呼ばれる。 2005~07年まで3年連続受賞。
◆村澤明伸選手(東海大→日清食品グループ)
2011年に、2区最下位でタスキを受けたあと、伝説の17人抜きを達成して受賞。
◆久保田和真選手(青山学院大→九電工)
熊本の駅伝強豪校・九州学院高出身で、2016年に青山学院大の2連覇に貢献して受賞。


Legend File.3 生涯に地球6周と1/4を走破! 走り続けた人生そのものが"伝説"

1983年に92歳で亡くなるまで、金栗四三が走った距離は、なんと約25万㎞! これは地球6周と1/4にあたる途方もない距離です。これほどになったのは、現役引退後も教師、県体育協会初代会長、県教育委員会初代委員長などを歴任しながら、生涯にわたってスポーツの振興に尽力し、その一環として走り続けたから。そんな彼が残した金言がこちら!

金栗四三の教え

体力=心身が健康である
気力=初志貫徹の意志力を持つ
努力=忍耐を継続する力


Legend File.4 マラソン歴代最長記録保持者!?55年ぶりに感動のゴール

金栗四三が最初に参加したストックホルム大会では、酷暑のためレース途中で意識不明となり地元の民家で介抱されていたため、記録上はゴールしていないことになっていました。そこでスウェーデンオリンピック委員会は、1967年のストックホルム大会開催55周年記念式典に彼を招待。そこで念願のゴールテープを切り、「54年8カ月6日5時間32分20秒3」という、オリンピックのマラソン史上“最も遅い”記録を残しました。

半世紀ぶりの“ゴール”を果たした瞬間の金栗四三

半世紀ぶりの“ゴール”を果たした瞬間の金栗四三


ゆかりの人に聞く

金栗四三のココがすごい! Vol.1

金栗四三に関する展示なども行っているこころピアの学芸員・村上晶子さんに、彼のマラソン競技者以外の“すごさ”を聞きました。

日本の女子スポーツ振興の功労者 現在の女性アスリートの活躍は彼のおかげ!?

選手としても数々の功績を残した金栗四三ですが、実はそれ以外にも後世につながる多くの業績があります。その一つが、アントワープ大会出場の翌年から勤め始めた東京府女子師範学校(現東京学芸大学)での女子体育の振興です。

オリンピック出場を通じて「世界」を見た金栗は、女性も競技に参加していることに驚き、日本での女子体育の必要性に目覚めました。当時は、「女性が運動をするなどもってのほか」という時代。学校でも、女子は体育の授業などありませんでした。そこで彼は、放課後に女子生徒たちにテニスなどを教えるようになり、日本初の女子テニス大会開催に尽力しました。


ゆかりの人に聞く

金栗四三のココがすごい! Vol.2

金栗四三が初代名誉会長を務めた「熊本走ろう会」。現在の“健康マラソン”の礎を築いた同会と金栗四三のつながりについて、現会長の出田秀尚さんに聞きました。

「健康マラソン」発祥の地・熊本 趣旨に賛同した金栗四三が後押し

「熊本走ろう会」は、それまで一部の競技者だけが取り組んでいたマラソンを、「速さや順位を競わずに健康のために走りたい」というランニング愛好者を中心に、1972(昭和47)年に結成されました。その趣旨に賛同し、会の結成を後押ししてくれたのが金栗四三先生です。その翌年には、日本の健康マラソンの発祥といわれる天草パールラインマラソン大会の開催にも、会と共に尽力していただきました。

走ろう会では、現在も毎年、金栗先生をしのび玉名市まで約25kmの墓参ランを行っています。墓参ランの折には、地域の方々の温かい出迎えやもてなしを受けるなど、「金栗四三」を通じた縁が続いています。

昨年の墓参ランの様子(提供/熊本走ろう会)


伝統にチャレンジ! 金栗四三生家記念館 〜いだてん 大河ドラマ館を激走

金栗四三は、幼少期に片道約6kmの道を駆け足で登校していたそうです。その通学路を含む、金栗四三ゆかりの地を巡りながら、和水町の生家から玉名市に建設中のいだてん大河ドラマ館まで20km以上の道のりを、自称「ライター界のいだてん」が自撮りしながら走ってみました!

(1)金栗四三生家記念館

和水町にある築約200年といわれる生家。1月11日から、その一部が記念館として公開されます。詳しくは「金栗四三 なごみ町」で検索を!

(2)七郎神(性・腰の神様)

およそ1.2km地点

和水町内には、「八つの神様」といわれる体にまつわる神様(目、イボ、胃など)が各所に祭ってあります。幼少時代、金栗先生もお参りしたかも!?

(3)玉名北高等小学校(現南関第三小学校)

およそ6km地点

金栗四三が通っていた小学校までの通学路は、起伏の激しい山道で通称「金栗ロード」。実際に走ってみると、彼の足がここで鍛えられたのも納得です。

(4)道の駅きくすい

およそ17.5km地点

菊池川に沿って走る県道16号沿いにある「道の駅きくすい」でちょっと休憩。ここから少し足を延ばして金栗四三のお墓に行ってみるのもいいかも。

(5)FINISH

ついに「いだてん 大河 ドラマ館」に到着! 約23km、疲れた…


1/12(土)オープン予定 いだてん 大河ドラマ館

ドラマの感動がよみがえる! 期間限定の展示館

今年の大河ドラマ「いだてん」の出演者のパネルやドラマロケのメーキング映像の上映、小道具・衣装などの展示も予定されています。ドラマの世界観や感動を追体験できる施設だけに、ドラマ放送中に何度も行きたくなるかも!?
2020年1月13日までの期間限定。

お問い合わせ

いだてん 大河ドラマ館

住所
玉名市繁根木163(旧玉名市役所跡地)
TEL
0570-06-5588 (月〜金曜9時〜17時)
営業時間
9時〜17時(最終入館16時30分)
料金
大人(高校生以上600円)[前売り480円] 小人(小・中学生)300円[前売り240円]

※写真はイメージです

※写真はイメージです


1/11(金)オープン予定 金栗四三ミュージアム

"日本マラソンの父"ゆかりの品々で偉大な功績を振り返る

金栗四三が実際に使用したユニホームやマラソン足袋など、ゆかりの品々や写真が展示されるほか、このミュージアムでしか見られない貴重な映像や体験コンテンツも。彼の生涯や功績、そして人間的な魅力を肌で感じることができます。

お問い合わせ

金栗四三ミュージアム

住所
玉名郡和水町大田黒623-1(三加和温泉ふるさと交流センター)
TEL
0968-86-5725 (和水町商工観光課)
料金
高校生以上600円、中学生以下300円(未就学児無料)


日本マラソンの父・金栗四三の生涯(一部抜粋)

年表 Chronology
1891(明治24)年

玉名郡春富村(現和水町)に生まれる

1901(同34)年

玉名北高等小学校(現南関第三小学校)入学

1910(同43)年

東京高等師範学校(現筑波大学)入学

1911(同44)年

オリンピック国内予選を2時間32分45秒で優勝(当時世界最高記録)

1912(同45)年

第5回オリンピック・ストックホルム大会に日本人として初めて出場(26.7km付近で棄権)

開会式の入場行進でプラカードを持つ金栗四三

開会式の入場行進でプラカードを持つ金栗四三

1916(大正5)年

第6回オリンピック・ベルリン大会が第一次世界大戦のため中止

1919(同8)年

下関-東京間1200kmを20日間で走破

下関-東京間走破の際に着用していたランニングシャツと帽子

下関-東京間走破の際に着用していたランニングシャツと帽子

1920(同9)年

第1回東京箱根間往復駅伝競走を企画 第7回オリンピック・アントワープ大会に出場(16位)

1924(同13)年

第8回オリンピック・パリ大会に出場(32.3km付近で棄権)

1946(昭和21)年

熊本県体育協会の設立に尽力、初代会長になる

1947(同22)年

熊本市で第1回金栗賞朝日マラソン (後の福岡国際マラソンの前身)開催

1952(同27)年

九州一周駅伝の企画に関わる

1955(同30)年

紫綬褒章受章

1960(同35)年

第15回国民体育大会熊本大会で最終炬(きょ)火ランナーとして走る

最終ランナーとして炬火台に点火する金栗四三

最終ランナーとして炬火台に点火する金栗四三

1964(同39)年

勲4等旭日小綬章受章

1967(同42)年

スウェーデンオリンピック委員会の招きでスウェーデンを訪問し、半世紀ぶりのゴールを果たす

1972(同47)年

「熊本走ろう会」が発足し、初代名誉会長に

1983(同58)年

92歳で没

出典/マラソンの父 金栗四三展—25万キロの人生—(玉名市立歴史博物館こころピア)より


Event Information

金栗四三展

1/5(土)5/6(月) 玉名市立歴史博物館こころピア・レクチャーホール

玉名市の名誉市民でもある金栗四三。ユニホーム、金栗足袋、オリンピック参加時の写真など、貴重な遺品を展示し、彼のマラソン人生を紹介します。ゆかりの地ならではの充実した展示は必見!

お問い合わせ

玉名市立歴史博物館

住所
玉名市岩崎117
TEL
0968-74-3989
営業時間
9時〜17時(入館は16時30分まで)
休業日
毎週月曜および祝日の翌日
料金
一般300円、大学生200円、高校生以下無料(展示の観覧は無料 )


金栗四三をもっと知りたい方は

金栗四三の歩んだ92年の生涯は、まさに日本マラソン界の歴史そのもの。彼の残した偉大な足跡を、もっと深く知りたい人にはこんな本やマンガもおすすめ!

走れ二十五万キロ マラソンの父 金栗四三伝 復刻版

長谷川孝道著/熊本日日新聞社 1500円(税別)

1960年、当時国体を控えていた熊本で金栗四三の偉業をたたえようと熊本日日新聞で連載された記事と、連載の取材を担当した記者・長谷川孝道さんが加筆したものを加えた評伝の決定版。記者が直接取材で聞いた内容だけに重みと正確性では他に類を見ません。

コミック版 金栗四三物語 日本初のオリンピックランナー

脚本:鍋田吉郎、作画:藤原芳秀、原案協力:佐山和夫/小学館 1150円(税別)

ノンフィクション作家・佐山和夫氏の著書をコミック化。マラソン選手やオリンピアンとしての金栗四三だけでなく、日本の陸上界や女子スポーツの発展に尽力した姿が、綿密な取材を基に描かれています。

KANAKURI 日本初の五輪選手 金栗四三物語

原作:長谷川孝道、構成:橋本博、マンガ:岩田紘典・KSプロ/熊本日日新聞社 1500円(税別)

熊本日日新聞に連載された人気マンガが待望の書籍化。玉名で暮らした少年時代を中心に、史実を基にしたフィクションで金栗四三の生き方を振り返ります。巻末には「金栗四三氏年譜と関連年表」を収録。

小学館版 学習まんが人物館 金栗四三

マンガ:大谷じろう、シナリオ:水野光博/小学館 900円(税別)

子どもたちに人気の「学習まんが人物館」シリーズに金栗四三が登場。彼の生涯と数々の功績が分かりやすく紹介されています。監修を務めたのは、今回の取材でもお世話になった玉名市立歴史博物館こころピアの学芸員・村上さん。