【535号】オール男性スタッフによる「男」のための不定期連載 すぱ男(だん) 第15回 今こそ熱く語りたい! 高校野球編

春のセンバツ大会に引き続き、中止となった夏の全国高校野球選手権。今年の「甲子園」は幻となりましたが、熊本県高野連は独自の大会として「2020夏季熊本県高等学校野球大会」を開催。県南を中心とした先日の大雨被害の影響で、県内3ブロックの頂点を争う形となり現在、最終盤の熱戦が繰り広げられています。そこで、高校野球を愛してやまない男たちがリブワーク藤崎台球場に集結しました。世代を超えた熱い高校野球談義、プレーボール!

新型コロナに翻弄(ほんろう)された夏 高校野球を愛する4人が緊急対談

熱湯高校野球ナイトメンバー 増田達彦さん

野球経験はほぼないものの、県外での仕事を「熊本の高校野球が見られない」と辞めてUターンした熱狂的高校野球ファン。

日本野球連盟熊本県連盟理事長 栫(かこい) 正さん

東海大二高を14年間、監督として指導。KAB高校野球中継では解説も務める。

KAB熊本朝日放送アナウンサー 谷口 寿宣さん

高校野球と関わるようになったのは、アナウンサーとして実況を担当してから。今年の夏も熱い戦いを実況中。

熊本日日新聞社 編集委員 上妻 公さん

小学生の時に近所に熊本西高ができたことから、高校野球を応援するように。「高校野球の取材がしたい」と熊日へ入社。

積年の思い、大逆転… ドラマが尽きない高校野球

皆さんの思い出に残る藤崎台での名勝負を教えてください

栫さん(以下、栫) 1975年の中九州大会(※)。毎年、大分勢に負けて悔しい思いをしていたけど、大会最後の年に九州学院(以下、九学)が圧倒的な強さで津久見に勝って甲子園へ行ってくれた。負けっ放しで終わらず良かった。

谷口さん(以下、谷) 個人的な思いもありますが、2007年の県大会決勝戦。八代東対九学のシーソーゲームで、八代東が優勝しました。この時が初めての決勝戦実況でした。二転三転する展開を一生懸命実況させてもらいました!

上妻さん(以下、上) 2001年、秀岳館が甲子園初出場を決めた試合かな。延長14回で、もう再試合かなという気分でいた時に、キャプテンの上野真佑選手がガツンと勝ち越し点を挙げてね。その後の甲子園の試合にも取材で帯同しました。

増田さん(以下、増) 1996年の熊本工業(以下、熊工)が甲子園で準優勝した年の、県大会決勝戦ですね。栫監督率いる東海大二(現東海大星翔)との決勝戦がとにかく打ち合うすごい試合で! スコアは15―11でしたよね。

 どっちが甲子園行っても、こら1回戦負けバイって言われよった(笑)。

1975年、最後の中九州大会決勝で津久見を破って“打倒大分”を果たした九州学院ナインが緒方徹監督を胴上げする。この前年まで県勢は5年ごとの「記念大会」を除き8回連続で甲子園への道を阻まれていた

1996年夏の熊本大会決勝。4回に熊本工の澤村幸明選手が2点適時打を放つ。東海大二を15-11の乱戦で下した、この年の熊本工は甲子園でも大活躍。決勝では「奇跡のバックホーム」で語り草の名勝負を演じた


現在プロで活躍する選手もかつては同じ土を踏んだ

高校時代に印象的だった選手はいますか?

 ヤクルトの村上宗隆選手の高校初打席を春の九州大会で見ました。彼は九学に入学したばかりでしたけど、確か初打席はレフトフェンス直撃のヒット。夏の県大会での初打席はホームランでしたし、衝撃を受けましたね。

 高校時代の打者だと、九学の吉本亮選手、高山久選手あたりかな。あと、僕はやっぱり熊工の伊東勤選手ですね。スローイングとかバッティングとか、格段に違った。

 僕もリアルタイムで見ていた伊東選手と八代の秋山幸二選手は最強打者だったと思いますね。投手でいうと、熊工の岩見優輝選手。高校生離れしたピッチングのうまさ。調子が良くても悪くても、安定感がすごい。クレバーな投手ですよね。

 実際に取材をさせてもらった中では、熊工の藤村大介選手は自分の中で物差しを持っていて、賢いなという印象。済々黌の大竹耕太郎選手もそうでしたね。

1980年夏の熊本大会決勝。八代の秋山幸二投手から7回にいったん試合を逆転する2点本塁打を放ち、喜ぶナインに迎えられる熊本工の伊東勤選手(中央)

昨年のセ・リーグ新人王となった村上宗隆選手。九州学院では1年から中心選手として活躍した。写真は3年時の準決勝・文徳戦で同点のホームを踏み、飛び上がって喜ぶ


現役の高校球児たちへメッセージをお願いします。

 目標だった甲子園出場がなくなった今では気休めにしかならないけど、「無気力になるなよ、とにかく最後まで頑張れよ」と。今だからこそ、少しでも子どもたちのためにできることは、大人が目いっぱいしてあげられるといいなと思います。

 甲子園という目標はなくなってしまったけど、プレーを楽しんでいい思い出にしてほしいです。

 これで野球を終える選手もいると思うんですけど、3年間一緒に頑張った仲間や努力、そしてこの経験を、今後の人生の糧にしてほしい。

 大津高校サッカー部総監督の平岡和徳先生が、「とにかく大人が子どもたちのための舞台を考える努力をする。それが大人の責任」と言われてました。野球だけに限らず、とにかく保護者や指導者の皆さんが今やれることを考えてやってほしいし、報道する僕らはそのお手伝いをしていけたらいいなと思います。

※1959年から1975年まで熊本県と大分県の間で行われていた、全国高校野球選手権大会の地区大会。1976年からは現在のように1県1代表制となった。


結論。熱戦は時代を超える球児の笑顔も涙も刻み 球史は永遠に続く