【539号】偉人の言葉が道を照らす 暮らしに生きる「哲学」

将来の生活や子どもの教育、人間関係など、すぱいす読者の暮らしには悩みがいっぱい。そんな悩み解決に「哲学」を生かしてみませんか。道案内は苫野一徳・熊本大准教授です。

教えてくれた人

哲学者
苫野 一徳さん

1980年生まれ。熊本大学教育学部准教授。博士(教育学)。学校法人軽井沢風越学園理事。多様で異質な人たちが、どうすれば互いに了解し承認しあうことができるかを探究する

哲学、それは一言で言うと、物事の「本質」を洞察する思考のアート(方法)です。「本質」が分かれば、私たちはそれにまつわるさまざまな問題を根っこから解決することができるようになります。たとえば「幸福とは何か?」が分かれば、私たちは、どうすれば幸せになれるかを地に足をつけて考えていくことができるようになります。「良い教育」の本質が分かれば、ではどのような教育を目指していけばよいかも分かります。

もちろん、それは絶対に正しい答えというわけではありません。でも、物事の「本質」をとことん追い詰めて考えることでこそ、私たちは、人生や社会のさまざまな問題を力強く解決していくことができるようになるのです。

1803年〜1882年。18歳でハーバード大学を卒業し21歳までボストンで教べんをとる。ピューリタニズムとドイツ理想主義の流れをくみ、超絶主義を唱えた。

1712年〜1778年。ジュネーブ共和国に生まれ、主にフランスで活躍した思想家。「社会契約論」「エミール」などの書物を出版し、後のフランス革命に大きく影響を与えた。

50年〜135年。古代ギリシアのストア派の哲学者。奴隷として生まれ育ったが、向学心が強く、奴隷から解放された後はローマで哲学の話を続け、聴衆を魅了した。


読者の悩みに「哲学」が回答

Q.1 何をしても手応えがない

毎日がむなしいです。心に穴が空いているみたいで、日々、何をしても手応えがありません。夜も眠れなくて、布団に入る直前まで食べて、無理やり寝ている感じです。
[コアラさん・30代/中央区]

Answer 日常を丁寧に生きることが生きる手応えを与えてくれる

哲学に「欲望相関性の原理」というものがあります。難しい言葉ですが、要するに、私たちは自分の欲望に応じて世界を見ているということです。恋をしていれば、世界がバラ色に輝いて見えるでしょう。起業したいという夢のある人にとっては、目に映る全てのものがそのチャンスに思えるでしょう。

逆に、挫折などして自分の欲望が壊れてしまえば、世界の意味もまたなくなってしまいます。何をしても手応えがないのは、私たちの欲望が元気をなくしてしまっているからなのです。

といって、欲望に元気を出させるのはそう簡単なことではありません。そんなとき、私がオススメしているのは「キッチン掃除メソッド」と呼んでいるものです。キッチンなどをきれいにすると、自分が世界に“意味”を与えている手応えが感じられます。すると不思議なことに、その“意味”に応じて少しずついろんな欲望がよみがえってくるのです。ここもきれいにしたいな、とか、その次はあの本を読んでみようかな、とか、あの人と久しぶりに話をしたいな、とか。

意外に、日常を丁寧に生きることそのものが、私たちに生きる手応えを与えてくれるのかもしれません。


Q.2 動揺しない強い心を持ちたい

SNSを見ていて、他人の日常生活や行動が気になります。グループLINEでもみんなの発言に影響を受けるし、大勢に流されてしまいます。自分らしくあるために、周囲の言動に動揺しない強い心を持つには、どうすればいいですか?
[愛の不時着さん・40代/南区]

Answer 自分の意志でどうにもならないことは「気にしない」練習をせよ

古代ローマに、元奴隷のエピクテートスという哲学者がいました。

彼の思想のポイントは、一言でこういうことができます。「自分の意志ではどうしようもないことは、気にするな!」

例えば、SNSなどにおける他人の言動は、自分の意志ではどうしようもないことです。だから、「んなこたぁどうでもいい!」と言ってのけよ。そうエピクテートスは言うのです。どうせ自分にはどうすることもできないのだから。

その一方で、「他人を気にする自分の心」は、自分の意志でコントロールしようと思えばできます。だから、そのコントロールだけに集中せよ、とエピクテートスは言っています。

そのためには、普段から意志外のことは徹底的に気にしない練習をせよとエピクテートスは言います。「財布が盗まれた。だから何だ? どうでもいい!」「悪口を言われた。だから何だ? どうでもいい!」。そう考える練習をせよと。

ストイックすぎる生き方ですが(笑)、実に偉大な知恵です。ちなみに、エピクテートスはストア派の哲学者。これが「ストイック」の語源です。


Q.3 一歩を踏み出す勇気がない

親の介護や自分の体調不良で2年前にパートを辞めたのですが、コロナの影響で主人の収入が減り、私も仕事を再開しなければと考えています。けれど持病があることが不安で、仕事を始めるための一歩を踏み出す勇気がなくて悩んでいます。
[イエローさん・50代/北区]

Answer 人生を俯瞰(ふかん)してみて幸せへの道を家族と確認すべし

跳躍するためには、まずしゃがまなければなりません。一歩を踏み出すためには、そのための休養や計画が必要なときもあるだろうと思います。イエローさんにとって、今はもしかしたらその時なのかもしれません。

目先のことに追われていると、なかなかいい考えにたどり着けないことがしばしばです。その一方で、哲学は常に「そもそも」を考えます。そもそも、自分はどう生きるのが幸せなのか。家族はどうあれば幸せなのか。そんな「そもそも」の根っこのところを、ご家族とじっくり話し合ってみるのはいかがでしょうか。意外に、進むべき道が見えてくるかもしれません。

19世紀アメリカの思想家、ラルフ・ウォルドー・エマソンはこんなことを言っています。どんなに性能のいい船も、海を真っすぐ行くことはできない。ジグザグジグザグ、折れ曲がって進むもの。でも俯瞰してみれば、何だかんだで真っすぐ進んでいるものなのだ。そしてそれが、人生というものなのだ、と。

「そもそも」を考え続けること。人生を俯瞰して見てみること。今はもしかしたら、そんなふうに視点を変えてみるとよい時なのかもしれません。


Q.4 挫折の乗り越え方が分からない

受験の失敗をはじめ、病気をしたり、仕事ができなくなったりと、挫折するたびになかなか立ち直れません。挫折を上手に乗り越える方法を知りたいです。
[伊吹さん・30代/宇土市]

Answer 欲望と能力に差があると挫折する 「欲望を変える」ことで打破を

18世紀の天才哲学者、ジャン=ジャック・ルソーの言葉に、「不幸とは欲望と能力のギャップである」という名言があります。優れた本質洞察だと思います。

挫折とは、そんな「欲望と能力のギャップ」からくる不幸の最たるものです。

不幸の本質が分かれば、私たちはその克服の仕方も分かります。不幸が「欲望と能力のギャップ」なのであれば、そのギャップをなくしてしまえばいい。私の考えでは、その道は次の3つです。

1つ目は、もちろん「能力を上げる」。でもこれが難しいから、私たちは挫折してしまうのですね。

2つ目は、「欲望を下げる」。ちょっと消極的ではありますが。

そして3つ目は、私が最も重要だと考えているものです。

「欲望を変える」。私たちの欲望は、案外簡単に変わるものです。実は私も、10代の頃、「ミュージシャンになるか、しからずんば死を」なんてのたまっていました。そして見事に挫折しました。でも今になってみると、何であそこまでこだわっていたんだろうと思うくらい、私の欲望は変わっています。

「欲望は変わる」。これは人間の希望なのです。


苫野さんのおすすめブック

漫画 君たちはどう生きるか

[マガジンハウス]
吉野源三郎 原作/羽賀翔一 画
1430円

知的好奇心旺盛な少年「コペル君」と、彼を亡き父親の代わりに見守る教養ある「おじさん」。二人の心温まるやりとりを通じて、生きる意味を平易に、深く説く。「原作は80年前に書かれた小説。マンガなのでとっつきやすいでしょう」


中学生からの哲学 「超」入門 ー自分の意志を持つということ

[ちくまプリマー新書]
竹田青嗣 著
902円

自分とは何か、なぜ宗教は生まれたのか、なぜ人を殺してはいけないのか、満たされない気持ちの正体は何なのか……。悩みや疑問への哲学的考え方を伝授する。「おそらく21世紀最高の哲学者と言ってよいだろう、竹田青嗣の哲学入門書です」


ソクラテスの弁明/クリトン

[岩波文庫]
プラトン 著/久保 勉 訳
572円

自己の所信を力強く表明する法廷のソクラテスを描いた『ソクラテスの弁明』。死刑宣告を受けた後の、脱獄を勧める老友クリトンとの獄中の対話『クリトン』を収録した初期の作品。「命をかけて哲学したソクラテス。哲学するとはどういうことか、きっとつかみ取っていただけるものと思います」


子どもの頃から哲学者

[大和書房]
苫野一徳 著
1540円

面倒くさ過ぎる「絶望の達人(著者)」が哲学と出合い、哲学を使って鮮やかに「絶望からの脱出」を果たした再生の物語かつ、まったく新しい“劇場型”哲学入門書。「私の本の中では、最も恥ずかしい、そして最も愛着ある作品です」