桑田佳祐さんの「KUWATA BAND」のレコードジャケットでメンバー全員が着ていたことで大流行した黒のMA-1(昨年、リバイバルブームがあったようです)を着て、アディダスのスニーカー「スーパースター」を履く…。
80年代中頃に学生だった頃、学内を歩くと、このファッションで決めた男子に数人は遭遇していました。
この「スーパースター」流行の火元となったのが、「RUN DMC」。
メンバーはスーパースターを履いていました(しかも紐なしで!)。
「斬新というか、意味が分からん。これがオシャレか!」
私もご多分に漏れず、いい値段がしたスーパースターを履いていました、でも紐付きで。

「RUN DMC」の音楽はラップ(今はヒップホップと言うのでしょうか?)と呼ばれる、これまで聴いたことのないジャンルでした。
レコードをシャカシャカと手で操作したり、バカでかいラジカセから流れる音楽にのせながら、歌うのではなく詞をひたすらシャウトする、叫ぶ(!)といった感じでしょうか。
すでにある音楽をカバーするのではなく、原曲を新しいものに変えてます。

そしてこの「RUN DMC」が新しいものに変えた曲が、ロックバンドの”老舗の名店”ともいえるエアロスミスの曲。
ポピュラーミュージックの長い歴史の中で、ソウルやプルース、ジャズといった黒人が生み出した音楽に憧れ、影響を受けた白人ミュージシャンがさまざまな曲を生み出してきましたが、この歴史の中で、「RUN DMC」の1曲は、「どうだい、俺たちは白人バンドの音楽を、こんなにかっこよく生まれ変わらせることができるんだぜ」という余裕(と私は感じましたが…)とも感じさせる一石を投じたブラックミュージックからの答え、と思ってしまったのは、考えすぎでしょうか。

昨年、これまたご多分に漏れず(笑)、今度はMA-1もどきのジャケットを買いました。
それなら今年は「スーパースター」を履いてみて、「カムバック、80’s」ブームを私が…(笑)。
もちろん、「スーパースター」は紐なしで。
でも「浜さん、紐を付けるの忘れてますよ!ボケが始まっているんじゃないですか!大丈夫ですか!」と言われそうなので、やめておきます。(スタッフ・浜)


テキスト/スタッフ・浜

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