蒙古襲来! 小茂田浜

長崎県対馬市の西海岸に、小茂田浜という小さな浜があります。
鮮やかなマリンブルーとターコイズブルーのコントラストが美しい海ですが、ここは、1274年の文永の役で対馬の守護代宗助国の軍と元軍が戦った古戦場なのです。

元寇といえば、福岡で元軍と戦った竹崎季長を描いた『蒙古襲来絵詞』が有名ですが、元軍は福岡に襲来するより先に対馬や壱岐で猛威をふるっていました。
対馬では軍船900艘、3万人の元軍が西海岸一帯に現れ、当時の対馬の守護代宗助国は80人の親兵とともにこの小茂田浜で元軍を迎え撃ったそうです。
戦死した助国の墓は「お首塚」や「お胴塚」に分散されており、小茂田浜の戦いの壮絶さがうかがえます。
対馬の軍勢を破った元軍は島の民衆を殺戮し、または捕虜とし、「一人モ助カル者ナシ」という噂だったと、日蓮宗の開祖日蓮が『日蓮書状』に書いているそうです。

この海を見守るかのように、浜には「小茂田濱神社」が佇んでいます。
宗助国をはじめとする国難に殉じた人々を祀る神社なのだそうです。
毎年11月12日には、当時の衣装を着て浜まで歩く「武者行列」や、海の彼方へ弓矢を構える「鳴弦の儀」などが慰霊行事として行われます。
境内には「元寇七百年平和之碑」があり、平和の象徴である鳩の像が小茂田浜を見つめています。

テキスト/まるみつ

熊本県在住。現在21冊の積ん読が一向に減らず、増える一方なので頭を抱えています。