「まぼろしの砲台」豊砲台跡

大陸から最も近くに位置する対馬には、日清戦争から太平洋戦争にかけて、全部で31もの砲台が旧陸軍によって建設されていました。
今回、筆者が向かったのは、対馬の砲台跡の中でも最も北に位置するものの一つ、「豊砲台跡」。
晴れた日には韓国・釜山の街が見える「韓国展望台」の近くの高台に位置しています。

車で山道を登ると突然洞穴が現れ、それが豊砲台の入り口でした。
ヘルメットの掛かった自転車が2台とまっており(同行者によるとこれは地元の小・中学生の自転車だろうとのこと)、先客が見学用の電灯のスイッチを押してくれていたようでした。

中には大砲を上下させるための機関室跡や砲具庫跡があり、一番奥の砲塔部跡は3階建の建物ぐらいの高さがありそうな吹き抜けになっていました。
蛍光灯がついているとはいえ砲台内部は薄暗く、崩れたコンクリートからのぞく鉄筋や配管跡を見ると少し緊張したものです。
しかし非常に怖がりな筆者にしては落ち着いて見学できました。

一旦洞穴の外に出てフェンスのない崖沿いの道を上に歩くと、砲台の上に出ました。
覆い茂る木の枝の間から、戦時中は戦略上重要な海域であった朝鮮海峡と対馬最北の砲台跡のある海粟島が見えました。
豊砲台は「まぼろしの砲台」でしたが、第二次世界大戦中、日本海側の都市に艦砲射撃による被害がなかったのは対馬の砲台郡の威圧効果が大きかったためと言われています。
現在は穏やかに朝鮮海峡を見守っています。


テキスト/まるみつ

熊本県在住。現在21冊の積ん読が一向に減らず、増える一方なので頭を抱えています。