震災から2年、もう震災の記憶は薄れつつありますが、熊本城の崩れたままの石垣、復旧工事中の天守閣を見ていると、「そういえばー」ってなりますね。今も家に帰ることができず、仮設住宅生活を続いている人たちが3万人近くいるということですから、震災の傷はまだ残っています。

固い話から始まったのですが、今回のテーマは震災ではなく、大津町にある瀬田神宮です。「じゃ、なんで震災の話をしたん!」ってなるわけですが、ちょっと待ってください。この瀬田神宮の話は、震災と関わりがあるのです。

大津町菊池郡の白川沿い、国道207号にのって阿蘇方向に進んでいくと、田んぼしかないようなところに神社が一つ。加藤清正となにか縁があるという、1570年代に建てられた、わりと歴史のある神社です。

さて、この500年近くの歴史を持っている瀬田神社ですが、2年前の震災で大きな被害を受けました。熊本市内にある数々の神社や建物も被害を受けるくらいですから、より震源地に近い瀬田神宮が被害を受ける、というのはある意味当然ですね。

その被害のことですが、瀬田神宮の横には山がありまして、この山から大きな岩が削れ落ちてきました。そして、その岩によって本殿が壊れてしまったということです。しかし、神社というのは町の人々に交流の機会を与える場、もちろん宗教的にも大きな意味を持っているわけですから、なんとかしなければなりません。住民たちはその岩を壊そうとしたそうです。しかし、流石にデカ過ぎたんでしょうか。岩はびくともしなかったそうで、どうしようとなっている時に出たアイディアというのが、その岩を御神体にしましょう、ということでした。

このようにして、瀬田神社の本殿があった場所にはその御神体となった岩が残ることになり、隣に新しく本殿が立てられました。

面白い話だと思いませんか。自然の恐ろしさは時には妖怪話に、時には祭りの対象になったりしますが、瀬田神宮の岩もその一例と言えるのではないでしょうか。21世紀になっても、人間というのは「強い自然」というものを認識しているということですね。

宗教の話になると、我々は怪しい、怖い、未開だ、という非合理的な話になりがちです。しかし、こうやって神様として崇めるということは、そこに住む人々がその対象とうまく付き合っていくための、ひとつの合理性として見ることができるのではないかと思ったりするわけです。

テキスト/ナダマル

大津で沖縄きゅうりをもらいました。糠漬けと酢の物にして美味しくいただきました