【411号】すぱいすフォーカス – 路面電車が走る街・熊本の電停の名前 調べてみました

通勤や通学、買い物などで、何気なく利用している熊本市電。乗り降りする電停の多くは、地名や目印になる建物にちなんだものなのですが、中には「どうしてそんなネーミングに?」と気になる電停も…。意識し始めるといろいろ気になって、熊本地名研究会の小﨑龍也さんに教えてもらうことにしました。
その場所の歴史を映す 路面電車の停留所

熊本は、その土地の歴史や特徴を生かした地名が多いので、1丁目、2丁目などよりも面白みが感じられていいですね。市電の停留所も、歴史を背景に名付けられたものが多いようです。

電停の名前に歴史を記すことで、路面電車自体がより味わい深く、親しみやすいものになっているように感じます。市内の幹線道路の真ん中をゴトゴト走る“チンチン電車”。のんびり揺られながら、歴史に思いをはせて、車窓から街並みを眺めてみるのもいいですよ。

熊本市交通局が運行する市電は、1924(大正13)年に登場しました。60(昭和35)年ごろには7つの系統を走っていましたが、現在は「健軍町~田崎橋」「健軍町~上熊本駅」の2つの路線を運行しています。近年、路線延長の話も浮上するなど、市民や旅行客の手軽な交通手段として、今なお親しまれ続けています。

熊本地名研究会
小崎 龍也さん

電停には、それぞれ物語があるんですよ

郷土史家。熊本の歴史や文化を語り伝える講師も務める


A-Line・B-Line

健軍町

戦前・戦中は、三菱重工熊本航空機製作所や旧陸軍飛行場などがあり、軍の関連産業で栄えた歴史があります

神水・市民病院前

質の良い湧き水があったことと、辺りに桑畑が多く、桑を食べる蚕を中国では神としたことに由来

八丁馬場 -はっちょうばば-

電車通りに面した一の鳥居から健軍神社まで八丁(約870m、実際は約1200m)ある長い参道に由来します。清正の時代は、ここで騎馬訓練が行われていました

国府

奈良時代、最初に肥後国府が置かれたことに由来

味噌天神前 -みそてんじんまえ-

全国で唯一、みその神様を祭る「味噌天神」があることに由来。みそは王家のぜいたくな食べ物で、奈良時代から平安時代にかけては朝廷に納めるために各地で作られていました。肥後のみそは品質が良いと評判だったそうです

水道町

江戸時代中期、武家屋敷だったこの一帯に防火用水路としての水道を引いたことから生まれました

辛島町 -からしまちょう-

3代目熊本市長・辛島格(いたる)氏の功績を記念し地名に。辛島氏は1923年、この辺りにあった陸軍の山崎練兵場を大江に移設(後に健軍へ)。市電敷設とともに新市街などの新しい街づくりに尽力しました


A-Line

河原町

江戸時代後期、近くに広い河原があったため。河原には芝居小屋も出ていたそう

呉服町

江戸時代中期、この地に呉服商が多く集まっていたことに由来

祇園橋 -ぎおんばし-

大正13年の市電敷設時に、坪井川に架けられた橋の名に由来。近くに祗園神社(現在の北岡神社)があったことから名付けられました。それまでの往来には、隣に架かる一駄(いちだ)橋を利用していたそうです

二本木口

所在地は春日ですが、近くを流れる坪井川を越えると二本木に入ることから「二本木口」に


B-Line

洗馬橋 -せんばばし-

江戸時代、入城は徒歩で行われていたため、ここで馬を降り、待つ間に足軽が馬を洗っていたとされます。しかし、町名になると「船場」と表記。坪井川の舟運の荷揚げが行われていたことが「船場」の由来です

蔚山町 -うるさんまち-

加藤清正の朝鮮出兵で、朝鮮の蔚山町から来た人たちがこの地に住んだという説が一般的ですが、清正の時代以前から「蔚山町」という地名はあったそう。砂鉄が採れる土地柄だったことを考えると、奈良時代より前に、蔚山町から渡来した鍛冶職人たちによって生まれた地名とも考えられます。現在、町名は消え電停とバス停にその名残があります

段山町

段々畑が広がる地形。西南戦争時は、特に激しい戦いが繰り広げられた場所でもあります

杉塘

近くを流れる井芹川の堤防に、杉が植えられていたとされます


線路の終わりってどうなってるの?

大半は道路の真ん中を走る市電。その線路って終点ではどうなっているのでしょう? 線路の最後が気になったので、3カ所ある終点を調べてみました!

立派な車止めでストップ

上熊本駅前

大きくて頑丈そうな車止めが2つありました。また駅舎は、夏目漱石も降り立ったJR鹿児島線上熊本駅の旧駅舎を利用したもの。ただ実際は、屋根と正面の外壁だけなのですが、正面から見れば堂々とした洋風木造駅舎です

「緑のじゅうたん」の先に車止め

田崎橋

車止めがありました。熊本駅前~田崎橋の区間は、軌道敷内に「緑のじゅうたん」と親しまれる芝が張ってあり景観もきれい!

その先はスクランブル交差点!

健軍町

車止めはなく、線路はスクランブル交差点の手前で途切れていました。また、ここから自衛隊方面へのルートが路線延伸の構想として有力です