【スタッフ猫話】捨て猫・薫さんが、“猫島”湯島で天使のはしごを上った日 熊本

“猫島”と呼ばれる熊本県上天草市の離島・湯島に、体が小さくて毛がバサバサの白黒のメス猫がいました。つり目気味の痩せ顔は、一見、険しそうに見えるので、観光客にカメラを向けられる、いわゆる人気猫ではなかったかもしれません。
この猫の名前は「薫(かおる)」さん。11月上旬、薫さんは、いつも猫のお世話をしてくれる60代の男性から、ブラッシングをしてもらいながら、至福の表情を浮かべていました。「良かったね。薫さん。でも、すぐにバサバサの毛に戻るんだけどね」と男性を交えて冗談めかした会話をしました。これが薫さんに会った最後になりました。11月18日、薫さんが召されたと、島から連絡を受けました。
■9匹が遺棄された“事件”
薫さんは捨て猫でした。島の人たちが今も怒りを込めて語る“事件”の当事者でした。「湯島猫部」の部長として猫たちの世話を続ける島民の林愛子さん(47)が振り返ります。
大型連休中の2022年5月4日の正午ごろ、港に面した漁協出張所近くで、見慣れない猫たちがぞろぞろと見つかりました。数えると、生まれたばかりの赤ちゃん猫を含めて9匹もいました。湯島の猫250匹には、「湯島猫部」の島民たちが名前を付けて健康管理をしていますから、大きな騒ぎになりました。島を行き来する手段は定期船のみですが、定期船で9匹もの猫を島に連れてくるのは考えにくいことです。「船でわざわざ捨てにきたんじゃないか」とも臆測が飛び交いました。


■季語「風薫る」から命名
決して許せない行為とはいえ、猫たちを放っておくわけにもいきません。4匹いた赤ちゃん猫たちはへその緒がついたままで、命が危険な状態です。上空を旋回するトンビが子猫を狙ってくるかもしれません。島で保護することを決め、島猫たちと同様に世話することになりました。
猫たちには、それぞれ名前が付けられました。薫さんは、中学校の教頭先生から、5月の季語、「風薫る」にちなんで名付けられました。赤ちゃんは薫さんの子どもとみられ、生き残った2匹のメス猫はそれぞれ「葵(あおい)」「スズ」と呼ばれるようになりました。薫さんは発見当時から人間を信頼している様子で人懐っこく、子育ても懸命にしていたそうです。


■行政も動かす「動物遺棄は犯罪」
当時、3歳ぐらいだったと推定されていましたが、実際の年齢は分かりません。晩年の状況を見ると、6歳よりもっと上だったのかもしれません。私が出会ったころは、すっかり「おばあちゃん」の風格となっていて、最初に紹介したように、バサバサの毛並みが印象的でしたが、捨てられ発見された時の写真を見ると、若々しくて、とてもチャーミングな猫だったことが分かります。
薫さんの“事件”は、行政も動かしました。港には市役所が「動物遺棄は犯罪です」との看板を設置。「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」「警察に通報」と強調して再発防止を呼びかけました。


■最期はライブカメラの前で
薫さんは、最近は湯島に設置されているライブカメラの周辺でのんびりと過ごすことが多くなっていました。体調は一進一退といった状況でしたが、痩せた体に似合わず? 食欲は旺盛で、時には餌に横入りしてきた若い猫に、シャーっと強烈な猫パンチをお見舞いすることもありました。
薫さんは最期を、ライブカメラの前で迎えました。ライブカメラを見返すと、その夜は画面中央の青いたらいの中で、いつも薫さんと一緒にいる数匹の猫が猫団子になって仲良く眠る様子が映っていました。朝になると、1匹1匹がたらいを出て活動を始めますが、1匹だけ眠ったままの猫がいました。それが薫さんでした。飲み水の交換に来た島民が息絶えている姿を見つけました。その場面もカメラに映っていました。


■「天使のような心」
薫さんが召された日、湯島猫部部長の林さんは、湯島の空に雲の隙間から太陽光が筋のように降り注ぐ気象現象「天使のはしご」(薄明光線)を見たそうです。美しい光景に、「あー、薫さんが上っていったんだな」と感じたそうです。林さんは「遺棄した人は本当に許せないが、薫さんは人間を最期まで信頼してくれて天使のような心を持っていたんでしょう。仲間に寄り添われて眠るようになくなったのも薫さんらしい」と、その数奇な生涯を、優しい目で振り返りました。(熊本日日新聞社・岩下勉)























