診断や予防に役立つ 遺伝診療
「遺伝診療」は、まだ耳慣れない用語かもしれません。熊本大学病院の「遺伝診療センター」では、遺伝や疾患についての情報を発信し、その理解や検査・治療選択の支援などに取り組んでいます。今回は、遺伝診療についてお伝えします。
(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)
話を聞いたのは
熊本大学病院
遺伝診療センター 特任講師
澤田 貴彰(たかあき)さん
・日本小児科学会専門医・指導医
熊本大学病院
遺伝診療センター
安部 東子(さきこ)さん
・認定遺伝カウンセラー
はじめに
遺伝子や染色体の変化により病気を診断
「遺伝」と聞くと、どのようなイメージがあるでしょうか。「お父さんと目の形がそっくり。遺伝だね」とか、「おばあちゃんと性格が似ているよ」というような内容を、誰もが日常の会話で耳にしたことがあると思います。このように、遺伝は「祖先から受け継がれるもの」というイメージが一般的です。
親から子に受け継がれる情報は「遺伝子」と呼ばれています。遺伝子は私たちの身体を構成する細胞にある染色体の中のDNAに記録されています。
その遺伝子が、病気の診断や健康管理の鍵となる可能性があることが明らかになっています。遺伝診療とは、遺伝子や染色体の異常によって発症する病気の診断や検査、相談などを行うものです。
遺伝診療の対象となる病気
遺伝性乳がん卵巣がん症候群など 体質を知り、早期発見や予防に
「遺伝診療」は、どのような病気に対して行われるのでしょうか。
遺伝子や染色体が原因と聞くと、多くの人は生まれつきの病気を思い浮かべるかもしれません。もちろんそのような病気も遺伝診療の対象です。しかし、日本人の死因の第1位である「がん」も遺伝診療の対象となる場合があります。
がんの発症には食生活やストレスなどの要因が大きく関わることがよく知られていますが、遺伝的な要因が関わるがんもあります。
遺伝性のがんとしてよく知られるのが、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)です。これは、特定の遺伝子(BRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子)の変異が原因で、乳がんや卵巣がんなどができやすくなるものです。
日本人の200~500人に1人がこの体質を持っていると推定されています。単純計算すると熊本県内だけで数千人がいることになります。もし、家族にこの遺伝子の変化があることが分かった場合、遺伝子を受け継ぐ可能性がある人が検査を受けることで、これらのがんができやすいかどうかを知ることができます。
この体質を持つ女性では、乳がん検診を若い年代から定期的に行うことで、がんの早期発見や予防につなげることが可能です。予防的に乳房や卵巣を摘出することでがんを防ぐ場合もあります。
「遺伝学的検査」が果たす役割
診断や治療薬の選定などに力を発揮
がん以外の領域においても、遺伝子が鍵となる疾患はたくさんあります。
- 同じような症状を持つ家族が複数いる
- 若いうちから特定の症状が見られる
- いくつかの内臓に病気が見られる
- 何回も流産を繰り返す
―などは、遺伝子や染色体に変異や異常が生じていることが原因である可能性があります。
そのようなケースでは、症状などから疑われる病気に関わる遺伝子を調べることで原因が判明することがあります。
さらに、何かしらの病気が疑われるがなかなか診断がつかず治療の方針が立てられない場合などに対して、網羅的に遺伝子を調べることで病気の診断の手がかりとなる情報を得る研究が進められています。
また、すでに診断された病気の治療においても、より効率的な医療のために遺伝子を調べ、その結果から治療薬の適応を判断するケースがあります。
このように遺伝子や染色体を調べることを「遺伝学的検査」といい、先に述べたように病気の診断や治療に非常に重要な役割を果たしています。
実際に遺伝学的検査を受けるに当たっては、遺伝情報が持つ特性について十分な説明を受け、理解しておくことが大切です。
遺伝カウンセリング
専門家が診療の不安や悩みに対応
熊本大学病院遺伝診療センターでは、遺伝学的検査を検討している人や、検査の結果によって生じたさまざまな悩みや不安のある人に対して「遺伝カウンセリング」を行っています。
例えば「遺伝性の病気と診断されたけれど、家族に伝えた方がいいか」「家族に同じがんの人が何人かいるけど、遺伝と関係あるか」「出生前検査を考えているけれど、どんな検査なのか知りたい」―などの相談に対応しています。
臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーなどの、遺伝診療を専門とする医療スタッフが担当。科学的根拠に基づく正確な医学的情報を分かりやすく伝え、理解促進につなげています。
十分に話を聞きながら、相談者が自ら医療技術や医学情報を利用して問題を解決していけるよう、心理面や社会面を含めた支援を行います。
遺伝カウンセリングの対象疾患例
※下記以外の疾患であっても遺伝性疾患であれば原則対応します
- 遺伝性乳がん卵巣 がん症候群
- Lynch症候群
- 家族性大腸腺腫症
など
- 出生前検査
- NIPT、クアトロテスト、コンバインド検査、羊水検査
- 習慣流産
など
- 家族性アミロイドポリニューロパチー
- 筋強直性ジストロフィー
など
- 先天性疾患
- 染色体・単一遺伝子異常、マルファン症候群、エーラス・ダンロス症候群
- 近親婚
など
Information
熊本大学病院 遺伝診療センター
県内の「遺伝診療センター」は、熊本大学病院1カ所です。完全予約制で1時間~1時間半程度、プライバシーが保たれた個室でゆっくり話をすることができます。同じ事柄でも、感じ方、考え方は人それぞれなので、一人一人の思いを聞く時間を大切に取り組んでいます。
遺伝に関わる悩みや不安、疑問などを持つ人やその家族など、誰でも利用することができます。遺伝カウンセリングをご希望の場合は、まずはかかりつけの医師にご相談ください。
※遺伝学的検査を受けるには、さまざまな条件がある場合があります。
次回予告
9/27号では、「月経にまつわるトラブル」についてお伝えします