戸惑うほどに胸に迫る少年の日常【つんどくよんどく】
ここはとても速い川
著者:井戸川射子
この本の表題作『ここはとても速い川』は児童養護施設に暮らす集(しゅう)という子どもの視点で、その日常がつづられた小説だ。そこで大きな事件や悲劇は起こらない。分かりやすい物語もなく、集の目に映った景色を、ほとんど脈絡もなく断片的に描いているだけだ。
しかし、なぜかそれが自分でも戸惑うほど胸に迫ってくる。それは本作の繊細な言葉が、子どもに、そして世界に誠実であろうとするからだろう。小さい頃、この訳の分からない世界をどうやって捉えようとしていたかを、少し思い出させてくれた。
本書は「第43回野間文芸新人賞」を受賞しているが、その選考過程で選考委員の小説家・保坂和志は、感極まって涙を流したという。その際の保坂氏の言葉が素晴らしい。「感傷的な涙じゃないんだよ。心の揺れなのよ。泣ける話だから泣いたわけじゃない。勘違いしないで」
ちなみに井戸川射子の新作『この世の喜びよ』は、2022年下半期168回芥川賞の候補作品になっている。
紹介するのは
蔦屋書店熊本三年坂
榮 詳平さん
映画と音楽と、楽しい酒のために働く書店員