忘れたくない瞬間 歌に込めて【つんどく よんどく】
音楽
著者:岡野 大嗣
〈きみが好きだったシーンを語るのを映画の続きみたいにみてる〉
この本は短歌集だ。
〈かごの影きれいで自転車をとめる春より春な冬のまひるに〉
三十一字でこんなにも豊かに瞬間を捉えている。
〈写真では伝わらんけど で届いた犬の寝息の 伝わってくる〉
同じような記憶が私にもあった。そんな風にどの歌も鮮明に光景が浮かび、たとえ経験がなくても、知らないはずの情景も呼び起こす。何を感じていたかも分かるほど。
「忘れたくないものを忘れても平気になるために短歌を作っている」と、あとがきにある。ささやかだがいとおしい瞬間も、いつかは忘れ去られてしまう。しかし岡野大嗣の歌はそんな瞬間を丸ごと閉じ込めたまま、誰かに届けようとしている。それは誰の心にも灯(とも)される小さな明かりになるだろう。この本は懐かしい昔の自分、そしてまだ会ったことのない友達からの手紙みたいだ。
〈ここを旅先にあなたがやってくる 見せたい光を考えて待つ〉
紹介するのは
蔦屋書店熊本三年坂
榮 詳平さん
映画と音楽と、楽しい酒のために働く書店員