小さな声を聞く 名翻訳家のエッセー【つんどくよんどく】
イリノイ遠景近景
著者:藤本和子
『西瓜糖の日々』という小説がある。作者はリチャード・ブローティガン、アメリカの作家だ。私が読んだのは随分前だが、その時に浮かんだ、澄み切った無色の、少し温かで寂しいあの風景は、いまでもふと思い出す。
その忘れがたい本を訳したのが本書の著者・藤本和子だ。ブローティガン作品の鮮烈な訳文で知られ、柴田元幸、岸本佐知子、村上春樹といった現在の英米文学翻訳の第一人者たちに決定的な影響を与えた。この本はそんな名翻訳家のエッセー集だ。
彼女はひたすら聞く。近所の老人たちや友人、社会から忘れられそうになる弱い立場にいる人。その小さな声にひたすら真摯に耳を澄ます。そうやってその人の生を考え、尊重し、素晴らしい文章に残す。
「論破」なんて言葉がもてはやされ、そんな言葉を体現したような人たちを祭り上げるこの社会では、「他者の話を聞く人」のすごみはより一層増す。「聞く」ことこそ気高く、誠実で、何よりも面白いのだ。
紹介するのは
蔦屋書店熊本三年坂
榮 詳平さん
映画と音楽と、楽しい酒のために働く書店員