スポーツ選手が大ヒット曲 天は二物を与える、こともある

元々は違った世界の人が、新しいことにチャレンジして、意外な結果を出すということがあります。例えば、美しい女優さんが歌ってみたら、その歌が大ヒットして、女優としても歌手としても成功するとか。普段、一つの事さえ成し遂げるのに四苦八苦している凡人の私などにとっては、まったくうらやましい限り。「天は二物を与えず」という諺も嘘くさく聞こえてくるのです。

今年は平昌オリンピックで盛り上がりましたが、昭和の時代、スポーツ界で活躍していた人が、急に演歌のレコードを出すなんてことがよくありました。特に野球選手や力士などにそんな才能を開花させた人が多かったと思いますが、なぜ彼らはそんなに歌がうまくなったのでしょうか? これはあくまで私見ですが、例えば高額所得のスポーツマンは、日頃の厳しい試合でのストレスを、銀座あたりの高級なクラブとかで解消していたのではないでしょうか。当然、そこでは自慢のノドを披露することも多いでしょうから、「あら、◯◯さん、お上手ですね」とか言われて、その気になってレコードデビューてな流れ。そんな中、本業とは別の歌で注目されたのが、ジャイアンツキラーの小林繁。イケメンと美声で1979年に出した「亜紀子」は、なんと10万枚の大ヒットになりました。二物どころか三物も四物も持ってる人もいる。格差社会は今に始まったことではなかったのですね。

※今回紹介したレコードは3月20日(火)放送のFM791「昭和名曲堂コモエスタ辛島町」(16時~18時55分)で放送する予定です。

しまだ・のぶあき/1951年生まれ、熊本市出身。東京のデザイン会社でコピーライターとして社会人デビュー。帰熊後、広告代理店でコピーライター&プランナーとして活躍。現在はFM791「昭和名曲堂コモエスタ辛島町」(火曜・16時~18時55分)、RKKラジオ「昭和歌謡大作戦」(日曜・20時~20時55分)の選曲家、パーソナリティーを務め、幅広い年齢層に昭和の曲を届けている。