がん死亡数1位の肺がん。治療法を熊本大学病院呼吸器内科教授が解説
最近のデータでは、日本人の2人に1人が一生のうちにがんと診断されるとされています。他人事ではないだけに正しい情報を知っておきたいものです。そこで今回はがん死亡数1位の肺がんについて、熊本大学病院呼吸器内科の坂上拓郎教授に伝えてもらいました。
(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)
肺がん治療の基礎知識
改善している治療経過
肺がんの治療は大きく進歩しています。早期発見の難しい肺がんは、わが国では1993年に男性のがん死亡の1位に、1998年からは男女合わせたがん死亡のトップとなっています(図1)。
1990年代までは効果的な薬剤も少なく治療の難しいがんでしたが、2000年代以降で効果的な薬剤の開発が進み治療経過は大きく改善しています。実際に米国では2000年代以降で死亡率が改善傾向にあることが明らかになっています。
今回は肺がんに対する診療のあらましと主力となる薬剤、また予防の可能性についても解説します。
肺がんの発見から診断まで
超音波内視鏡検査の普及で診断確率が上昇
肺がんは初期症状が少なく、早期発見の難しいがんです。早期発見は検診でのレントゲンやCT検査で偶然見つかることが多く、手術や放射線治療を行うことが多くなります。一方で、長引く咳(せき)や血痰(けったん)などの自覚症状があって病院を受診した際に発見された肺がんは進行期であることが多く、薬物治療が多くなります。
肺がんの診断までの代表的な流れは図2をご覧ください。
肺がんの確定診断は画像検査だけではできません。肺がんを疑う場所から一部の組織や細胞を採取(生検)して、顕微鏡で検査(病理検査)を行って確定します。
生検する方法は複数ありますが、最も多く行われる方法は気管支内視鏡検査(肺カメラ)になります。10年ほど前からは超音波で影の場所を確認しながら生検を行える超音波内視鏡が普及し、診断確率が上昇しています。
最近では治療方針を決定するために、詳細な肺がんのタイプ分けをします。肺がん細胞がどのようなタンパク質を持っているのか、またどのような遺伝子タイプを持っているのかまで検査を行います。
肺がんの治療方針の決定
標準治療を踏まえて主治医と相談
肺がんと診断されたら、脳MRI検査やPETーCT検査を行って肺がんの広がりを確認します。
肺がんが限られた範囲にとどまっている際には手術や放射線で治療を行います。それ以上に広がっている場合には薬物療法が選択されます。現在では薬剤が多数ありますので、その方に最も適した薬物を選択していくことになります。
こういった治療方針の決定は各病院が独自に決めているわけではありません。同じような状態にある患者さんのデータをたくさん集め、どの治療が最適かを検討する研究が世界中で行われています。その結果を基に、患者さんの状態に合った最も効果が高い治療法が明らかになっています。こういったデータに裏付けられた最も効果が高い治療を「標準治療」と呼び、わが国のガイドラインとして示されています。
それを踏まえて治療を受ける患者さんご自身と主治医が相談しながら治療方針を決めていくことになります。
肺がんに対して大きく進んだ薬物療法
「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害薬」が登場
肺がん治療に用いられる薬剤には4種類があります(表)。
肺がんの薬物療法は2000年代以降に登場した2つのタイプの薬剤により大きく進歩しました。それまではがん細胞も正常細胞も殺してしまう「細胞障害性抗がん剤」タイプが主流でしたが、2002年に「分子標的薬」、15年に「免疫チェックポイント阻害薬」が登場したのです。
分子標的薬は、肺がん細胞を強力に増殖させる遺伝子変異(ドライバー変異)を持つタイプの肺がんに大きな効果を発揮します。この遺伝子変異を標的にしてがん細胞の増殖を抑えます。現在では、5種類以上の異なるドライバー遺伝子変異に対する薬剤がそろっており、それぞれの遺伝子タイプを診断した上で個別化治療が行われています。
免疫チェックポイント阻害薬は、開発に関する重要な発見をされた本庶佑(ほんじょ たすく )先生のノーベル賞受賞(18年)でご存じの方もいらっしゃるかもしれません。
ヒトには自分の体ではないもの(異物)を攻撃して排除する仕組みである免疫系が備わっています。がん細胞はヒトにとって異物なのに、免疫系の攻撃から逃れる免罪符(PDーL1)を持っています。この免罪符の働きを解除してしまう薬剤が免疫チェックポイント阻害薬です。つまり、自分の体に備わった正常な仕組みを利用してがんを治療する薬剤になります。現在では、分子標的薬の対象とならない肺がんに対しての主要な治療薬です。
その他に、がん細胞を養っている血管に作用してがんの増殖を抑制する薬剤もあります。
肺がんの予防
重要な禁煙、検診でのチェック
肺がんの大きな危険因子は喫煙です。喫煙者が肺がんになるリスクは男性で4〜5倍、女性で2・5〜4倍といわれています。喫煙開始年齢が若く、喫煙量が多いほどその影響が大きく、受動喫煙であってもリスクを1・3倍にすることが知られています。将来の肺がん発症を予防する観点から、禁煙はとても重要です。
また、最近の肺がん発症予防のトピックとして、次第に肺が固くなる肺線維症という疾患に抗線維化薬という薬剤で治療を行っている患者さんでは、将来的な肺がんの発症率を大きく抑えることが明らかになってきました。
この肺線維症の前病変と考えられているごくわずかな肺の変化が検診などで偶然に見つかることがあり、それを間質性肺障害(ILA)と呼んでいます。ILAが見つかった際には自覚症状はありませんが、定期的に経過観察を続けることにより適切なタイミングでの抗線維化薬の使用につながります。検診などで指摘された際には専門医が在籍する病院を受診してください。
執筆者
熊本大学大学院生命科学研究部 呼吸器内科学講座 熊本大学病院 呼吸器内科
教授 坂上 拓郎さん
・日本内科学会 総合内科専門医・指導医・評議員
・日本呼吸器学会 呼吸器専門医・指導医・代議員・理事
・日本アレルギー学会 アレルギー専門医・指導医・代議員
・新型コロナウイルス感染症対策熊本県調整本部本部長
・熊本県・熊本市新型コロナウイルス感染症対策専門家会議委員
次回予告
6/23号では、「大腸がん」についてお伝えします