「自分が好きなもの」が言える 安心して話せる場所づくりを【となりのあの子Web版 Vol.32】
親を頼れない子ども・若者を支援する団体「NPO法人トナリビト」代表の山下祈恵さんが、子どもたちと過ごす日々の出来事をつづります。
皆さんには好きなものがありますか? 趣味や食べ物、人、いろんなものがあると思います。
でも最近若者たちと話していると、この「自分の好きなもの」が分からない子が多いことに気が付きます。何が好きか分からないし、やりたいこともよく分からない。いろいろと切り口を変えて質問をしてみるのですが、これが本当に出てこないので驚きます。そして最後にみんな一言、「そんなこと考えたことない」と。
「好きなこと・もの」というのは、その人の一番の個性でもあり、その人そのものです。自分の好きなことを知ることは、自分を大事にすることだと私は思っています。
でも他人の顔色を窺ったり、自分を否定されたり、自分自身に関心を持つ心の余裕がなかったり…といった経験が積み重なると、私たちは自分の「好き」を大切にすることが難しくなることがあります。
親や家庭に課題を抱える若者たちの中には、自分を大事にすることが苦手な子たちが少なくありません。しんどい経験をする中で、自分自身に目を向ける時間や経験が圧倒的に足りていないこともあります。
「親のその日の気分で殴られたり、暴言を吐かれたりするから、親の顔色をうかがうことや親の機嫌を損ねないことに気を全部使ってた」
「食べるものがなかったから、その日のご飯をどうするか考えないといけなくて。でも友達の家の親に愛想振りまいてたら大体食べさせてもらえるから、愛想笑いが癖になっててとれない」
「考えるとマジ頭狂うから、考えないようにしてた」「うちどうせバカだし、親アレだから、将来とか考えても無駄かなーって思って…」
みんなあっけらかんと語るのですが、若者たちの中にはそのように自分自身の価値や、将来について考える余裕なんて全くなく、その日その日をどうやって自分の心と体が乗り越えていくか、に全集中して生きてきた、という子もいます。
また、親を含む周りの大人に自分や自分の好きなものを否定され続けてきた子は、他人に自己開示をするのが怖くなってしまうこともあります。
そんな若者たちが自信を持って自分の「好きなもの」を「好き」と言うためには、安心して話せる場所や、否定されずに話を聴いてもらう経験が不可欠です。若者たちが「これが好きだ!」と安心して言える社会に近づくために、彼らの声に丁寧に耳を傾けていきたいなぁと思います。
PROFILE
山下 祈恵
NPO法人トナリビト代表。親を頼れない子ども・若者や社会的養護出身者を対象に自立支援シェアハウスIPPOを運営する傍ら、相談窓口・居場所スペース、就労支援ネットワーク、学習支援、普及啓発活動等を通じて支援を行っている。公式サイトはhttps://www.tonaribito.net/