熊本・人吉温泉「人吉旅館」| フォトジェニックな国登録有形文化財の温泉旅館。苦難を乗り越えてきた社長夫婦が映画のモデルに!
熊本の温泉ソムリエ・第一号の「ぴちこ」が熊本県内の温泉宿にまつわる、歴史や人、風景、食など、訪ねた人にしか感じられない魅力を発信します!
熊本県人吉市にある人吉温泉「人吉旅館」は、昭和9年(1934年)に創業した歴史ある温泉旅館です。創業当時の建物は現在も残っており、国の登録有形文化財に指定されています。
歴史と伝統を感じる建物は現代でも「温泉旅館」としての役割を果たし続けていますが、これは「奇跡」ともいえます。その奇跡は守り続ける人たちがいてこそ。
先代から受け継いだ宝を守り続けるため、3代目のご主人と共に奮闘する、女将の堀尾里美さんに宿を案内してもらいました。
創業以来、人々を守り続ける日本建築の底力
人を包み込む女将の声かけが、訪れる人の心をほぐしてくれる
「女将さーん、また会いにくるね」。チェックアウトを終え、宿を後にするお客さまと、見送る女将・里美さんのやりとりは、まるで古くからの友人のよう。
夕食時にお客さまへのあいさつを欠かさない里美さんは、お客さまとすっかり仲良しに。これが、「人吉旅館」の日常です。
取材でお邪魔した私も、実際お会いするのは2回目。それにも関わらず、「お久しぶり、お元気でしたか、さあ、うちの敷居は低いから気軽にどうぞ」と満面の笑顔で迎えてくれた里美さん。
こちらもすっかり心がほぐれて、何度も訪れたことがあるような、懐かしい気持ちになりました。
細かな匠の技に、惚れ惚れ
「人吉旅館」は、元々魚の乾物屋だったという初代が、温泉を掘り当てたことから始まりました。建物は、鹿児島の宮大工が手がけた数寄屋造りで、随所に職人のこだわりを感じることができます。
まず通されたのは、本館・中央棟2階の客室。床の間に設らえた違棚(ちがいだな)や、組子の欄間など、時代を感じさせる工芸品のような装飾が施されています。
特に注目すべきは、床の間の違棚。筆返しや上下の棚の間の「海老束(えびつか)」には球体が組み込まれています。この球体は90年以上経った今でも手で回すことができるという驚きの技術です。
「この球体は後で入れたのではなく、棚の一部を削ったものなんですよ。90年以上経った今でも、クルクルと回すことができるんですよ!」と里美さん。
実際に触れてみると……確かに回る!ただの柱でも良いものを、わざわざ削り出して細工するとは! これらの細工からも職人の遊び心と技術の高さを感じます。
天井と欄間窓の間に横たわる「桁」と呼ばれる大きな柱も職人の技が効いた建築技法の一つ。外からの強い風が吹いても屋根が飛びにくいそうです。球磨川沿いに建てるからこそ、このような工夫が施されているのでしょう。
窓の向こうには、日本三大急流の一つ・球磨川が流れています。
宿の魅力を精一杯伝えてくれる里美さん。話しながら自身もパシャパシャと写真を撮る姿はとても可愛らしく、その熱量から「本当にこの旅館が大好きなんだな」と感動。素敵です。
災害を機に知った、建物のポテンシャルの高さ
国の登録有形文化財に指定されているのは、玄関棟と西棟、東棟、そして、先ほどの中央棟。そのほとんどが、令和2年の豪雨災害で1階天井まで浸水したにも関わらず、今も残っています。
「主人と出会い、この旅館とともに歩き始めて30年以上経ちますが、水害に遭ったことで、この建物の素晴らしさを改めて知ることができました」と里美さん。
その理由は、復旧作業中に知った、建物のポテンシャルの高さだと言います。
球磨川の濁流によって被災した建物は、通常の建物と違い、国登録有形文化財です。
高圧洗浄機も使えず、ボランティアの手を借りながら、手作業で汚れを拭き、床下の泥出しを行い、さらに専門家の指導のもと、解体するものと残すものを選定したのだそう。
文化財の修復ができる業者によって復旧作業を進めていくため、とても時間がかかったといいます。
「床材を外した際に私も基礎を初めて見たんです。床下が1.5〜2メートルもあり、泥出しにとても苦労しましたが基礎がしっかりしているのが見て分かりました。専門家の方からも『これなら少々の地震にも耐えられる』と太鼓判をいただきました」(里美さん)
「それに、竹を組んで造られた“竹小舞土壁”を見ることもできました。普段見ることのできない職人技に触れ、主人と水害に耐えてくれたこの建物に感謝の気持ちを伝えました」。
90年の時を重ねた建物は、その多くが飴色に輝き、過ごしていると、これまで多くの人が丁寧に愛情を込めて手入れをしてきたことを感じ、心が温かくなります。
そんな中、ふっと目に止まったのが、真新しい白木の格子です。
他にも、新たに作られた扉や天井、床など、ところどころに本来とは異なる色合いがあります。
「できるだけ元の状態に近づけるよう修復していただきましたが、素材の持つ色を生かしているのでどうしても色合いの違いは出てしまいます。これもまた、時を経て同じような風合いになっていくのが楽しみです」
つまり、「人吉旅館」は今、古いものと新しいものが混在しているということです。
通うたびに、建物の経年変化を感じることができるのは、とても貴重なこと。訪れた今だけ感じることができる風合いを感じてみませんか。
韓国から日本へ。女将が目指すのは「日本を代表する良い宿」
女将の里美さんは、結婚する前は、日本語の通訳案内員として韓国の旅行会社に勤めていたそう。3代目・社長の堀尾謙次朗さんと出会い、韓国から人吉へ嫁いできました。
2000年には女将に就任し、旅館の顔として忙しい毎日を送り、今ではさまざまなメディアからも注目され、人吉温泉の中でも名物女将として知られています。
もちろん、旅館業は初めての経験。日本の温泉旅館の文化は独特で、『女将』という存在も母国にはありません。それに、先代の女将が他界していたこともあり女将修行もできず、義父や主人に基本的なことを聞き、自ら考えて行動していました
和服の着付けや生花、茶道、礼儀作法。さらに、人吉旅館の歴史だけでなく、地域の歴史・文化、観光名所などを学びながら、次第に、その天性のコミュニケーション力の高さを発揮!
目指すのは「日本を代表する良い宿」と話す里美さん。
韓国からのお客さまも積極的に受け入れ、里美さんの趣味でもあるゴルフツアーは、その中でも人気コンテンツです。「私も一緒にコースを回るので、ちょっとした息抜きになって楽しいんです」と茶目っ気たっぷりの笑顔。
人吉温泉女将会「さくら会」でも活躍
自分の宿だけでなく、人吉温泉をメジャーにしたいと、女将たちで立ち上げた「さくら会」にも所属し、さまざまなPR活動も行っていると言う里美さん。
写真のかるたは、地元の人たちにふるさとの文化や風景を知ってもらいたい、という気持ちを込めて作られました。
人吉を舞台にした映画のモデルにも
笑顔の絶えない里美さんですが、実は慣れない日本での生活や歴史ある建物のメンテナンスなど、苦労が続き辞めたいと思った事も何度かあったといいます。
いろんな課題を夫婦で乗り越えてきた歴史ー。
「水害後、夫と意見が合わない場面もありましたが、旅館再開まで走り続けました。再開後は、毎日のようにお客さまから労いのお言葉をいただいています。一人じゃないんだ、たくさんの方に支えていただいているんだと改めて感じ、これからも感謝の気持ちを忘れず、恩返しの気持ちでがんばっていきます」。
実は、そんな里美さんと社長さん、二人で紡いできた物語が映画になるというから驚き!
「テレビドラマ『おしん』の大木一史監督が、人吉を舞台にした映画「囁きの河」を製作中なんです。どのくらい私たちの話が反映されているかはまだお伝えできませんが、老舗旅館として当宿も登場するのでお楽しみに」と里美さん。来春公開予定というから要チェックです!
文化財だけじゃない、「人吉旅館」の進化!
女将念願の露天風呂が完成!
女将・里美さんの美肌の秘密でもある宿の温泉は、「ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉」という美肌泉質。
新鮮な温泉が湯船に注がれ、肌触りはトゥルントゥルン。天然の保湿成分・メタケイ酸も含まれるので、湯上がりのしっとり感と、湯冷めしにくい点も嬉しいポイントです。
里美さんが「新しいお風呂ができたんですよ!」とお薦めしてくれたのが、新設された露天風呂(宿泊者限定)。外気を感じながらゆったり湯浴みができ、長湯も心地良く楽しめます。
「夏目友人帳」ファンが集うカフェもオープン!
玄関右手には、人吉を舞台に描かれたアニメ「夏目友人帳」のファンが集う『カフェ亜麻色』がオープンしています。
人吉の町なかで被災し、復興商店街で営業を続けていた『カフェ亜麻色』は商店街が閉まるタイミングで里美さんの誘いで移転したのだとか。
宿泊や日帰りのお客さまが、ゆっくりコーヒーを楽しめるカフェもオープンした「人吉旅館」をぜひ体感してみませんか。
まとめ:「人吉旅館」は魅力がさらにアップしていました
「人吉旅館」は、国登録有形文化財の歴史ある建物と現代の施設が融合した魅力的な温泉旅館です。
フォトジェニックな建物の中で、日本の伝統的な建築技術や文化を感じながら、現代の快適さを享受できる貴重な体験を提供しています。
泉質名:ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物泉
源泉温度:54.2℃
加水・加温なし、源泉かけ流し
人吉温泉 人吉旅館
住所 | 人吉市上青井町160 |
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TEL | 0966-22-3141 |
Webサイト | https://www.hitoyoshiryokan.com |
営業時間 | 日帰り入浴8時〜20時、チェックイン15時/チェックアウト10時 |
休業日 | 不定休 |
駐車場 | 複数あり |