MENU
会員サービス

未来の命を守る 知られざる医療 法医学

未来の命を守る 知られざる医療 法医学

「法医学」は、私たちの日常には関係がないと思われがちです。しかし、そうではありません。今回は、法医学がなぜ必要で、私たちとどう関わるのか、今後の在り方などについて、専門家に寄稿してもらいました。

(取材・文=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)

話を聞いたのは

熊本大学大学院生命科学研究部法医学講座 教授 佐野 利恵さん
熊本大学大学院生命科学研究部法医学講座
教授 佐野 利恵さん
  • 死体解剖資格認定
  • 法医指導医
  • 法医認定医
目次

はじめに

日々の「元気」を下支えする身近な医学

法医学と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。テレビドラマ『アンナチュラル』や『監察医 朝顔』をきっかけにご存じの方もいるかもしれません。あるいは、ミステリーや警察の捜査といったイメージを持つ方も多いと思います。

法医学は「死」を扱う医学の一分野です。病院での診療に関わることは基本的になく、一般の医療従事者と比べると専門家の数も限られているため、身近に感じる機会は少ないのが実情です。また「死」は不可逆で悲しい出来事であるため、どうしてもポジティブな印象を持たれにくい面もあります。

「元気の処方箋」で皆さんにお伝えできる機会を得て、法医学が実は皆さんの日々の「元気」を下支えする身近な医学であることをぜひ知っていただければと思います。

法医学のイメージ

法医学の出番

事件性の有無の判断や専門的な死因究明が必要なときに

病気で亡くなられた場合は、病院の医師や歯科医師が死亡診断を行います。けれども、亡くなった経緯が分からないときや、けがや事故など外的な要因が疑われるときには、捜査や専門的な死因究明が必要となります。ここからが法医学の出番です(図)。

[図]法医学の多様なミッション

[図]法医学の多様なミッション

ご遺体を外から医学的に調べることを「検案」といいます。ただ、外見だけでは原因をはっきりさせられないことも少なくありません。生きている私たちも「元気そうに見えて実は病気が隠れている」ことがありますが、ご遺体も同じです。そのため、まずは簡単な検査から始め、必要に応じて高度な検査へと進み、死因や事件性の有無を検討していきます。

近年は、CT装置を使った死後画像検査が広く行われるようになりました。ただし、それだけでは真の死因が分からないこともあります。必要に応じて解剖を行い、薬物中毒が疑われる場合には分析機器を用いて調べます。

こうした検査や解析を担い、そこで得られた結果を「死体検案書」や「鑑定書」という形にまとめ、ご遺族や捜査機関へお返しする―。これが法医学の専門家の大切な役割です。

[MEMO]DNA型鑑定で身元特定も

身元が分からない場合、DNAでできた遺伝暗号を調べることで、遺伝学的な身元の特定が可能です。

DNAはA、T、C、Gの4文字しかありません。この4文字の並びが延々と続いて、合計約32億文字の遺伝暗号の情報で私たちの体が作られています。そして、この全体のところどころに文字列の繰り返し部分があり、それらの繰り返しの回数に個人間で差があることが分かっています。

遺伝暗号のひも状のつながりはいくつかに分かれており、それぞれ染色体と呼ばれます。染色体のいろいろな箇所を調べて、全ての場所で繰り返し回数のパターンが完全に一致するのは本人しかあり得ません。今の身元特定は、こうした方法で行われています。

DNA

なぜ死因を調べるのか

本人とその家族の尊厳や権利を守ることに直結

なぜ死因を明らかにすることが大切なのでしょうか。

亡くなった方を調べても戻ってくるわけではありませんし、大切な人の体を傷つけることに抵抗を覚える方もいらっしゃいます。それでも死因を解き明かすことは、ご本人とご家族の尊厳や権利を守ることに直結します。さらに、そこから得られた知見を社会に還元することで、同じような出来事で悲しむ人を一人でも減らすことができます。

例えば、病院や介護施設で起きた事故や予期せぬ死を分析して再発防止に役立てたり、若くして突然亡くなった方を詳しく調べることで思いがけない遺伝的要因が見つかり、家族の健康管理や将来の医療に生かせたりすることもあります。

つまり「なぜ亡くなったか」を知ることは、「私たちがより良くどう生きるか」につながる大切なプロセスなのです。

私が法医学の道に進んだわけ

家族の死で必要性を実感

「どうして法医学に進んだのですか?」と聞かれることがあります。振り返ればいくつか理由を挙げられますが、その一つは、私の家族に法医学が関わる亡くなり方をした人が何人かいたことです。その経験から、死因を明らかにすることが本人や家族の尊厳を守ることにつながるのだと強く感じました。

法医学が目指す未来

いつか皆さんを支える「元気の処方箋」になることを願って

法医学は、医学や生命科学、法律、そして社会の知を総合して取り組む学問です。熊本では死因究明の唯一の拠点が熊本大学にあり、私たち法医学講座の専門家が研究と教育を行いながら、日々の業務に携わっています。未来の法医学者を育てることも大切な使命です。

ただ、病院の医師に比べると、法医学者が十分に力を発揮できる環境が整っているとはいえません。熊本全体で体制を強化し、死因究明を通じて県民のみなさんの「元気」と安心・安全を支える仕組みを、さらに確かなものにしていきたいと考えています。

法医学は「こうすれば数値が改善する」といった分かりやすい目標を掲げにくいため、行政などからの支援を受けにくいという悩みもあります。それでも私たちは、一例一例のご遺体にできる限り向き合い続けます。私たちが日々作成している「死体検案書」や「鑑定書」が、いつか皆さんを支える「元気の処方箋」になることを願って。

亡くなられた方との出会いを大切にしながら、これからも法医学の力を未来へとつなげていきたいと思います。

肥後医育振興会からのお知らせです

この紙面を監修する「肥後医育振興会」とは医学教育や研究を助成し、地域医療の向上と健康増進を図る公益法人です。

肥後医育振興会
川口 辰哉 理事
肥後医育振興会 川口 辰哉 理事

募集中!

紙面の感想や、知りたい医療情報についてのご意見をお寄せください

抽選で5名様にくまにちすぱいすオリジナルグッズをプレゼント

記事内の情報は掲載当時のものです。記事の公開後に予告なく変更されることがあります。

未来の命を守る 知られざる医療 法医学

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

熊本市を中心に31万部戸別配布のフリーペーパー「くまにち すぱいす」がお届けする、熊本の暮らしに役立つ生活情報サイトです。

目次