096k(オクロック)熊本歌劇団の清正公と行く! 加藤清正 銅像巡り
すぱいすフォーカス
熊本城の天守閣復旧からもうすぐ1年。お城の内外を巡った後は、築城した加藤清正公の銅像も巡ってみませんか。熊本市を中心に点在する銅像は、甲冑(かっちゅう)姿から着物姿までさまざま。表情豊かな清正公に出会えますよ。
人々の思いがカタチに 武者振りのいい清正公像
今も”せいしょこさん”と呼ばれ、熊本の人たちに愛されている加藤清正。賤ヶ岳七本槍(しずがたけしちほんやり)、朝鮮出兵での戦いなど、百戦錬磨の武将のイメージがあります。一方で、天正16(1588)年に熊本に入国した後は、慶長12(1607)年に熊本城を中心とした城下町を築き、白川・坪井川の河川改修をはじめ、各地で治水・土木工事を成し遂げました。
町の基盤をつくった清正公は、郷土の守護神であり、豊かな実りをもたらした英雄。戦禍や災害からの復興、町の発展、周年記念…と機会があるごとに建てられる銅像のモチーフとされるのも、清正公への崇敬を表しているのかもしれませんね。
[其の一]熊本城
行幸(みゆき)橋のたもと(中央区花畑町)
熊本城内への重要な登城口である行幸坂のたもとにある清正公像は、築城・治山治水に采配を振る姿をイメージ。桔梗(ききょう)紋の具足、蛇の目紋の桶革胴(おけかわどう)、長烏帽子形兜(ながえぼしなりかぶと)と、武者振りの良さを放っています。「熊本マグナライオンズクラブ」の設立10周年記念として、当初は辛島町ロータリー(現辛島公園)に設置され、平成3(1991)年に現在地に移されました。
銅像データ
●完成時期/昭和54(1979)年5月
●素材/ブロンズ
●像高/約4m(台座…約2.7m)
[其の二]本妙寺
本妙寺公園山頂(西区花園)
片鎌槍(かたかまやり)を手に長烏帽子形兜姿で立つ清正公。325年遠忌(おんき)を記念して制作された銅像は、大正時代に完成した鉄筋コンクリートの仁王門から仰ぎ見るように建立されました。戦時中は金属類回収令により供出されましたが、昭和35(1960)年に再建。時を同じくして熊本城天守閣の再興が始まり、戦後復興の象徴として歓迎されたそうです。
銅像データ
●完成時期/昭和10(1935)年春
●素材/ブロンズ
●像高/約10m(台座…約7m)
[其の三]八景水谷公園
水の科学館近く(北区八景水谷)
熊本市の上水道発祥の地である「八景水谷」に立つ清正公。建立当時の熊本では、上水道通水・市電開通などを記念した博覧会「熊本市三大事業記念国産共進会」が開催され、像は会場に設けられた大噴水塔の上に設置されました。新しい街づくりを象徴するイメージキャラクターだったようです。
銅像データ
●完成時期/大正14(1925)年3月
●素材/不明
●像高/不明
[其の四]健軍神社参道
健軍神社に向かって今にも駆け出しそうな騎馬像は、清正公生誕450年を記念して建立されました。実は、参道の一部は清正公から寄進され、後年、馬術の訓練場として使われたとか。450年たってもその縁を大切にしていることを表す銅像です。
銅像データ
●完成時期/平成23(2011)年7月
●素材/ブロンズ
●像高/4.8m(台座を含む)
[其の五]日眞寺(益城町杉堂1505)
本堂に木造の清正公像が安置される益城町杉堂の『日眞寺』。地域の人からは「杉堂のせいしょこさん」と慕われ、寺のシンボルとして石像が建立されました。熊本地震で右腕が折れてしまいましたが、数年のうちに再建したいと副住職の澤村眞脩さんは話します。
銅像データ
●完成時期/平成27(2015)年9月
●素材/石
●像高/約1.6m
096k熊本歌劇団
人気のマンガ作品を女性だけで演じる『096k熊本歌劇団』。歌やダンス、アクションを交えた舞台で、新たなマンガの魅力を引き出しています。
定期公演
桜の馬場城彩苑 わくわく座
4/2(土)、8(金)、23(土)/料金:前売3000円、当日3500円
鶴屋特別公演(東館7階 鶴屋ホール)
4/29(金・祝)、30(土)料金:前売4500円
予約
0120-15-0969(平日10:00~18:00)