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イベント情報

熊本・植木町「カーメストコーヒーショップ」|息子の遺志を一杯のコーヒーでつなぐ

熊本市北区植木町にある『Calmest Coffee Shop(カーメストコーヒーショップ)』は、2020年にオープンした、自家焙煎のこだわりコーヒーや軽食を楽しめる店です。

まるで絵本から飛び出したようなかわいらしい建物が目を引きます。

いつも優しい笑顔で迎えてくれるのはオーナーの深迫祐一さん(64)・祥子さん(55)さん夫妻。
ただ、本来であれば、ここにバリスタで焙煎士の長男・忍さんの姿もあるはずでした。

息子の夢を引き継ぎ、オーナー夫妻が一杯のコーヒーに込めた思いを聞きました。

目次

香りを楽しみ、舌で味わい、心に染みわたるコーヒー

店にはオーナーの深迫祐一さんが焙煎するこだわりのコーヒーを求め、県内外からファンが訪れます。

祐一さんのコーヒーは、香ばしい香りと、ゆっくり口に含んだ時の深い味わいが魅力。

一度食べるとまた食べたくなると人気の「シラストースト」(500円)

そのコーヒーに合うのが、祥子さんお手製「シラストースト」(500円)。バーニャカウダソースに磯の香りが漂うシラスとアオサがトッピングされています。

こんがり焼けたサクサクのトーストにチーズがほどよく溶けた、マイルドな味がたまりません。

パンは、小麦にこだわった和水町のパン屋さんのトーストを使用。ちょっぴりしょっぱいバーニャカウダソースとの相性は抜群です

店内には、コーヒー豆の販売もあるので、お土産にもおすすめです。

29歳で亡くなった長男・忍さんの夢を両親が実現

「Calmest Coffee Shop」のオーナー深迫祐一さんと祥子さん

「いらっしゃい。お子さん大きくなったねー」「今日は病院の帰り?」「暑かったでしょ。ゆっくりしていってね」―。

扉が開くたびに、祥子さんの明るい声が店内に響きます。

祐一さんがゆっくり、ゆっくり、ドリッパーにお湯を注ぐとコーヒーの香りが店内に立ち込め、心地よいゆったりとした時間が流れていきます。

『Calmest Coffee Shop』は、東京で10年間バリスタとして活躍していた長男・忍さんが2020年、30歳になったのを機に故郷熊本に帰りオープンしようとしていた店です。

お客さんが描いたイラスト。(左)カフェでコーヒーを入れる忍さん(右)カフェの外観と風景。庭を見渡すベンチにはコーヒーを飲む忍さんの姿も描かれています  

建物はもともと、絵画が趣味の祥子さんがアトリエとして使っていた場所。忍さんと祥子さんは、祐一さんが定年退職をしたタイミングのサプライズとして、祐一さんには内緒でコーヒー店のオープン準備を進めていました。

「設計図も出来始め、忍も早く熊本に帰って店を始めたいと話していたのですよ」と祥子さん。

忍さんの夢は「コーヒーで癒やされる場所を作る」こと

東京の有名コーヒーショップで焙煎を担っていた忍さんは2019年7月、コーヒー抽出を競う国内大会に店の代表として出場が決まったばかりでした。

その13時間後、コーヒー豆を運んできたトラックから豆を降ろそうと待っていたところに、ブレーキとアクセルを踏み間違えたトラックが突進。29歳で人生の幕を閉じました。

コーヒーに人生をかけていた深迫忍さん(享年29歳)
コーヒーの魅力に引き込まれた忍さん。コーヒーのおいしさを探求し続ける姿はバリスタ仲間にも認められる存在でした

「店から忍が事故に遭ったという電話が掛かってきたことは覚えているのですが、その後は…。でも、四十九日を過ぎた頃、忍の夢を私たちが叶えようという気持ちが沸いてきたんです」(祥子さん)

祥子さんを奮い立たせたのは、忍さんへの思いはもちろん、被害者への誹謗・中傷や、孤立化などの二次被害に自分が潰されてはいけないという決意でした。

「子どもを亡くした私たちにかける言葉が見つからないということもあると思うのですが、それまで仲良くしていた友人や近所の人が、少しずつ距離を置いていくような気がして、私たちも次第に家から出なくなっていました」と振り返ります。

幸い、祥子さんは被害者支援センターの存在を知り、「思い切って外へ出かけたことで、一歩前へ進めました。でも、きっかけを見いだせず孤独にさいなまれる遺族も多いと思う」と話します。

生前、忍さんが作りたかった“コーヒーで癒やしを与えられる場所”を夫婦で実現することが、生きる力になりました。

カフェをオープン、コーヒーを通した支援も

不慮の事故から9カ月後、忍さんの30歳の誕生日である2020年5月7日に『Calmest Coffee Shop』をオープン。

4年経った今では、店名(Calmest=最も穏やかな)のように、多くのお客さんが集い、語らえる、穏やかな場所になっています。

実家に戻ってきたような温かな雰囲気に癒やされます

カフェのオープンから2年後の2022年12月、祥子さんは事故や事件で大切な人を亡くした被害者支援をしながら、命の大切さを伝えていくNPO法人「Coffee aid 2021」を立ち上げました。

被害者支援を行うさまざまな団体と連携を図りながら、コーヒーを通じたイベントや命の大切さを伝えていく講演活動ほか、コーヒーに関わる事業での起業や機械購入のアドバイスなど、コーヒー文化の育成にも力を注いでいます。

チャリティーイベントなどの収益金の一部は、被害者支援や社会貢献への寄付に充てられています。

生前、「コーヒーは人と人をつなぐもの」と語っていた忍さんの思いを受け継ぎ、“1杯のコーヒーにできること”を通し、忍さんの生きた証を残すための取り組みでもあります。

コーヒーで繋がる人々

2024年7月7日には、東京で4回目となる「コーヒーチャリティーイベント」を開催。コーヒーの抽出技術を競うエアロプレス大会やコーヒーやジャムなどの販売に約1,000人が集まりました。

「被害者支援というと、テーマが重すぎてなかなか足を止めてもらうのが難しいのですが、コーヒーを飲めるイベントならば多くの人が足を運んでくれます。そこに被害者を紹介するパネルを展示することで、命の大切さについて考えてもらうきっかけになれば」(祥子さん)

2024年7月、中野セントラルパークで行われた「コーヒーチャリティーイベント」
コーヒーを抽出するエアロプレス大会に沸く会場

今後は、2024年9月21日(土)、22日(日)にグランメッセ熊本で開催される「九州矯正展」への参加や、2024年11月30日(土)にはサクラマチ熊本で、犯罪被害者支援のイベントを開催する予定です。

緩和ケア病棟でコーヒー提供ボランティア

2023年12月からは、熊本市中央区にある高野病院の緩和ケア病棟でコーヒーの提供もスタート。この活動も忍さんが生前、実現したかった夢の一つなのだそう。

現在、熊本大学珈琲研究會の学生と一緒に月に1回、病棟でのコーヒー提供を続けています。「この日を心待ちにしてくれる方もいて、息子の思いを届けられたようで嬉しい」(祥子さん)

コーヒーを提供するため緩和病棟を回ります

「息子の思い描いていた夢は、ひと通り達成できたかな…」

『Calmest Coffee Shop』には、レンタルスペース(1時間500円)やコーヒー豆の焙煎機も導入。かつて忍さんが勤めていた店で使っていたものと同機種です。

焙煎機の利用は、PROBAT(1回、1500円)、FUJI(1回、650円)

生豆を購入すれば祐一さんが焙煎方法を教えてくれます。

「カフェをオープンし、コーヒー焙煎の技術指導や緩和ケア病棟での活動ー。息子がやりたいと思っていたことは、大体できたのかな…」と祐一さんはつぶやきます。

話を聞いた後、最後に祐一さんが入れたコーヒーをいただくと、改めて何とも優しい香りが体中に染みわたる感じがしました。

「コーヒーを入れる技術はまだまだ息子には及ばなくて、70点くらいですかね。でもそこに、丁寧に入れる気持ちが加われば、残りの30点をカバーしてくれるんですよ。不思議ですよね」と笑顔。

忍さんのバリスタ仲間たちから教えてもらったコーヒーサーブ
 

店には大切な人を亡くした人たちなども来店します。

祥子さんは、「私たちも自分たちのことは話さないし、お客さんに無理に話しかけることもありません。コーヒーや庭の草花をゆっくり楽しみながら、思い思いの時間を過ごしてもらえたら」と言います。

店舗の隣には、季節の花が咲くイングリッシュガーデンが整備され、店内の窓からも眺めることができます。

店舗隣のイングリッシュガーデン。今年の夏も、太陽の光を燦々と浴びた草花が庭を埋め尽くしています

そして、コーヒーを注ぐ祐一さんと祥子さんの後ろでは、忍さんの写真が優しいまなざしで見守っています。

Calmest Coffee Shop(カーメストコーヒーショップ)

住所熊本市北区植木町岩野802-3
TEL090-4487-0852
Instagram@calmestcoffeeshop
営業時間11時~18時
休業日火曜、水曜、不定休あり
6席(カウンター席あり)
駐車場10台

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この記事を書いた人

旅好き、郷土料理好き、田舎好き、そして無類の「豆」好き♡ライターです。家には常時、5種類以上の豆を常備。物産館などで、大量の豆を買っている女性がいたら、きっと私です。

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