熊本・湯の鶴温泉「温泉ゲストハウスTojiya(とうじや)」|湯治宿の魅力は「はじめまして」から始まる不思議な共同生活
熊本の温泉ソムリエ・第一号の「ぴちこ」が熊本県内の温泉宿にまつわる、歴史や人、風景、食など、訪ねた人にしか感じられない魅力を発信します!
みなさん、「湯治宿」を利用したことはありますか? 昔の人たちは体が不調のときに、湯治宿に長期滞在し、自炊をしながら温泉に何度もつかり体調を整えていたと言われています。
しかし現在では、日本に古くからある温泉文化「湯治」を続ける温泉宿は、とても少なくなってきました。
水俣・湯の鶴温泉にある温泉ゲストハウス「Tojiya」は、その名の通り「湯治宿」として2017年11月にオープン。それ以来、多くの人がこの湯治スタイルを求めて足を運んでいます。多種多様な今の時代、どんな人たちが湯治宿を訪れるのでしょうか。訪ねてみました。
滞在期間が長い分だけ「家族度」が増す!
宿のアイテムは、店長・中山さんの手作り
「Tojiya」で暮らしながら、お客さまを迎えているのは、今年29歳になる店長の中山草太さん。大学卒業後から宿のオープン準備に携わり、現在は宿を運営しています。
訪ねた際は、丸ノコを巧みに操り、宿で使用するソファ制作の真っ最中でした。
お話を聞くと、今だに宿の改装や装飾など、中山さん自ら少しずつ造り上げているということ。「趣味なんですよ!」と笑顔で話しながら、作業はどんどんと続いていきます。
築100年以上の温泉宿を借り、改装を続けていくうちに、次第に愛着が湧いていったと言います。オープン時は、客室は1階のみ。少しずつ手を加え、現在は、1・2階合わせて10室に。愛着がどんどん湧き、改装のゴールはまだまだ先のようです!
2階にはライブハウスまであり、毎年11月の周年祭にはゲストを招いてイベントを行い、大いに盛り上がるそうです。
「湯治宿=古臭い」はナンセンス!
歴史の長い「湯の鶴温泉」にある湯治宿と聞くと、「ちょっとハードルが高そう……」と考えがちですが、「Tojiya」は中山さんのセンスが光り、宿のあちらこちらにアートを感じる造りに。とにかくおしゃれで、写真を撮りたくなるポイントがたくさんあります。
テレビも時計もないシンプルな客室ですが、竹細工を施した空間があり、チェアも手作り。温もりを感じます。
訪れた日は、手作りチェアに腰をかけ、川を眺めながらビールを楽しむ人たちの姿が。それぞれの余暇を楽しむお客さまで賑わっていました。
部屋でゆっくり過ごす人や、ロビーで談笑する人、wi-fiの届くフリースペースで仕事をする人など、訪れる人々は、年齢も目的もさまざま。
ここは、これまでの「湯治」のイメージとは少し異なり、まさに温泉のあるゲストハウス。気軽に1泊から長期滞在まで、滞在期間もそれぞれと言います。
「湯の鶴温泉でオープンするにあたり、他の宿とバッティングしないよう、そして何度も訪れてもらえるようにと考え、安価な宿にしました。おかげで2〜3泊滞在される方や月に1度は湯治にいらっしゃる方など、お客さんの大半が常連さんです」(中山さん)
「最長滞在期間は?」と尋ねると、「コロナ禍で東京からいらっしゃった方が、2年間滞在されたこともありました。そうなると、もう家族ですね(笑)」と中山さん。一緒にご飯を食べたり、遊びに行ったりと、楽しい時間を過ごしていたと話します。
愛される湯治宿には、いい温泉がある
湯の鶴温泉といえば、700年以上という歴史を持つ温泉地で、国民温泉保養地としても指定されています。温泉の魅力は、肌ざわりや泉質がやさしく、入る人を選ばない点。1日に何度もつかる湯治にピッタリです。
脱衣所から浴槽まで、階段を降りる半地下スタイルも趣があり、湯舟一つのみのシンプルなつくりが功を奏して、しっかりと湯に向き合うことができます。
浴室にカランはなく、シャワーでも、湯舟からお湯を汲むのでもなく、木箱に源泉がかけ流しされているアイデアは秀逸。限られたスペースを活かした中山さんのご両親のアイデアだそうです。
「集う人によって雰囲気が変わるから面白い」
湯治宿というと素泊まりが基本。お皿や調理具、調味料がそろった共同のキッチンがあり、自炊を楽しむ人も多く、ゆっくりと自分の時間を過ごしながら、温泉三昧ができるのが魅力です。
さらに「Tojiya」では、道向かいに屋台「山鯨」も営業しているので、お酒と肴を楽しむことができるのも魅力の一つ。あえて宿の外に作ることで、「もう一杯飲みたいな…」という他の宿のお客さまも利用でき、ここでも人と人の交流が生まれるというわけ。
カウンター13席のみの屋台に立つのは、これもまた中山さん。「カウンターに集うお客さまによって屋台の雰囲気が変わるから楽しいんです。静かだったり、賑やかだったり、人と人の相性もあるんでしょうね(笑)」。
阿蘇から水俣へ。家族が選んだ新天地「湯の鶴温泉」
中山さんが、なぜ湯の鶴温泉で湯治宿を営むことになったのか。これにはご家族の物語がありました。
「Tojiya」から歩いて2分ほどの場所にある1日1組限定の温泉宿「鶴の屋」は、実は、中山さんのお母さまがオーナーの宿。元々は、バイキングレストランを営んでいたと言います。
「阿蘇でいくつか観光施設を運営していた両親が、新天地として選んだのが湯の鶴温泉でした。レストランを営業しながら、近くのこの場所で宿を運営するという話になり、私も経営を手伝うようになったんです」(中山さん)
山間の静かな場所、絶え間なく聞こえてくる川の音。地域の人たちも優しく、「毎日が楽しい」と中山さんは話します。
現在、「鶴の屋」の支配人として経営を任されている親戚の井手和保さん。「鶴の屋は『何もしない贅沢』を謳っている通り、この温泉地に身を置いていることが贅沢だと考えています。大事な人と過ごす時間を大切にしていただきたいという想いを込めて、レストランだった2階を改装し、1日1組限定の宿として2023年11月に生まれ変わりました」。
井手さんは、このほかにも、水俣の特産品としてクラフトコーラを開発したり、湯の児温泉に新しくオープンした「渚の交番-HIMETATSU-」を手掛けている水俣のキーパーソン。「求められるものを、どうやったらカタチにできるかを考える性格なんです。あと、オファーがあると断れなくて(笑)」と、さまざまなまちづくりに関わっているそうです。
「90歳100歳の方が多くいらっしゃる長寿のまち・湯の鶴温泉は、知る人ぞ知る温泉地。魅力をしっかりと伝えていきたいです」(井手さん)
まとめ:迎える人も、訪れる人も、笑顔がつながる湯の鶴温泉
最後に、湯の鶴温泉、そして湯治宿での暮らしを振り返り、「苦労していることはないです」と中山さん。そして、先ほども話された「毎日が楽しい」という言葉が印象的でした。
「お客さまが、来たときよりも気持ちが晴れて帰っていただけると嬉しいですね」。
中山さん自らが、日々を楽しみ、自然体で過ごせる場所だからこそ、訪れる人たちも笑顔になり、また来たくなる。そんな場所が、湯の鶴温泉にありました。
泉質名:アルカリ性単純温泉
源泉温度:51℃
加水・加温なし、源泉かけ流し
温泉ゲストハウス Tojiya
住所 | 熊本県水俣市湯出1561-1 |
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TEL | 0966-68-0008 |
Webサイト | https://tojiya.jp |
営業時間 | 日帰り入浴15時〜23時(最終受付22時)、チェックイン15時、チェックアウト10時、屋台「山鯨」19時〜23時(ラストオーダー22時) |
休業日 | 第1・3火・水曜 |
駐車場 | 温泉センター「ほたるの湯」駐車場利用 |