阿蘇茅物語

秋から冬にかけて、阿蘇の草原を覆い尽くすススキ。このススキが茅葺(かやぶ)き屋根の材料だということをご存じでしょうか。草原の資源を有効活用し、ユネスコ無形文化遺産にも登録されている「茅葺き」「茅採取」の技術と文化を守ろうとしている人たちのお話です。

[第1章]深刻な茅場(かやば)不足

「燃やすだけではもったいない」

今年も2月下旬、阿蘇の野焼きがスタート。いよいよ春目前です。

「野焼き」は草原の維持に欠かせない作業ですが、同様に不可欠とされているのが「放牧」と「採草」です。野焼きの後、漆黒の原野がまぶしい緑に変わると牛や馬が放たれ、草を食(は)みます。また、刈り取った草原のススキ(茅)を飼料や牛舎の敷きワラ、田畑の肥料として活用することで、阿蘇の人たちは草原を守り続けてきました。

そして最近、茅の用途として再注目されているのが「茅葺き」です。茅葺きの家は激減したものの、文化財の修復などで毎年一定量が必要とされています。しかし、全国的に茅場(茅を採取する草原)が激減し、必要な量が確保できていないのが現状だといいます。

一方、阿蘇の草原の面積は天草上島と同じくらいあります(2万2000ha)。そのうち野焼きが行われ、茅が生息する野草地は1万6000haもあり、日本一の広さです。しかし、「茅切り」が行われているのは100haにも満たない面積。その大半が野焼きで焼かれているのです。

そこで、野焼きボランティアや地元の人に声を掛け、新たな茅切りの人材を確保し、県外へ出荷する取り組みも始まっています。

草原維持のために欠かせない野焼き。枯れたススキにも一斉に火が放たれます。茅とは、ススキやアシなどイネ科の多年草の総称です

茅は屋根の材料のほか、刻んで飼料に混ぜたり、田畑にすき込んだり、堆肥に使ったりします


[第2章]茅を切り、束ねる人たち

2大産地の一翼を担う阿蘇

2月中旬の高森町・らくだ山。見渡す限りのススキ野原に女性を含む13人が散らばり、普通のものよりふた回りくらい大きい鎌で茅切りを行っています。根子岳が眼前に広がる素晴らしい眺望ですが、足元は急斜面。刈り取った茅を円周約60cmの束にまとめ(2尺締め)、3カ所をひもで結び、軽トラックまで運ぶ作業は結構な重労働です。しかも、茅切りはススキが枯れるのを待って行われるため、作業は1月下旬から野焼きが行われる4月初旬までの間。最も寒い時季に重なります。それでも、慣れた人だと1日に50束ほどを作るのだとか。この日作業を行っていた「阿蘇茅葺工房」では、1シーズンに1万5000〜2万束を作り、8割程度を自社で消費して、余剰分を県外へ出荷しています。

作業をする人の半数は地元の人ですが、残りは県外からの出張組。北海道からも3人が遠征に来ていました。こちらは野焼きボランティアではなく、仕事として茅切りをする人たち。1束単位の買い上げ制なので作業にも力が入り、冬場の貴重な収入源となります。

高森町のらくだ山。急勾配の傾斜地で作業は行われていました

現在、茅場が残っているのは全国でも20カ所程度。その中でも富士山麓と阿蘇が2大産地として知られています。文化財の修復などで必要とされている茅の量は年間10万束。そのうち4〜5万束を富士山麓が、約3万束を阿蘇が担っているそうです。文化財以外の用途も含めると、年間20〜30万束のニーズがあり、恒常的に茅が足りていない状況が続いています。

人の身長よりも高い2mほどの茅を束にし、3カ所をひもで結びます

今年初めて茅切りをするという、北海道から来ている男性。「やっと体が慣れてきましたが、いい茅を選別しながらの作業は結構大変です(笑)」


円周60cm、長さ約2mの茅の束をひたすら作る

2尺締めと呼ばれる円周60cmの茅の束は全国共通規格。保管中に少し痩せるので、若干大きめに作るのがポイントだとか。阿蘇の茅は、富士山麓のものに比べて少し細め(中太)で、短いのが特徴。長さは2m程度が標準です。屋根に葺いた際の密度が高くなり、しなやかな特徴を持っていることから、職人さんの間でも評価が高いそうです。

阿蘇茅葺工房の保管倉庫。2万束近くが運び込まれます


[第3章]茅葺きの伝承

循環型の伝統技術は、持続可能な社会の象徴

元々、野焼きや茅場の管理、採取、保存は、地域の共同作業でした。屋根の葺き替えは、傷んだ家から順番に住民総出で行っていました。技術は地域の中で継承され、材料の茅や竹、木材は現地調達。屋根から下ろされた古い茅は田畑に戻され、肥料になります。循環型の建築資材であり、かつての持続可能な社会を象徴していたともいえる仕組みでした。加えて、茅は刈られてもまた、毎年2m近くに成長。その過程で二酸化炭素を吸収し、カーボンニュートラルにも貢献するのです。

しかし、高度成長時代に農業や生活のスタイルが変わっていく中で、茅葺きの家も姿を消していきました。地域の中に茅を葺ける人はいなくなってしまいましたが、この技術を守り続け、次の世代につなごうとしている人が熊本にもいます。阿蘇茅葺工房の植田龍雄さんです。祖父の代から続く、3代目の茅葺き職人です。

阿蘇茅葺工房・代表の植田龍雄さん。年間10棟ほどのペースで屋根を葺いています

現在、茅葺き職人は全国に200人ほどしかいないといわれています。九州で茅葺きを行っているのは、阿蘇茅葺工房以外に3社あるだけ。その中でも、植田さんのところのように茅葺きだけではなく、野焼きから茅切りまで一貫して行っているところは全国でもほとんど例を見ないそうです。

「すべてを自社でやれるのも、阿蘇という環境があるから。茅を葺く技術だけでなく、茅場(草原)を守り、茅を採取する仕組み全体として後世に残したいと思っています」と植田さんは話します。

一般的な民家で、1棟あたり2000〜3000束の茅を使うそうです

通潤橋の脇にある江戸時代の民家(山都町指定文化財)の屋根の修理も植田さんが担当

ワークショップで作られた茅葺きの犬小屋。イベントやアートワークなどを通じて、茅葺きの普及啓発活動にも力を入れています


阿蘇の茅を使って昨年、茅葺き屋根を復活!

昨年、それまでトタンで覆われていた茅葺きの屋根を、阿蘇茅葺工房に葺き替えてもらったというキャンプ場「吉原ごんべえ村」の民泊スペース「畑暦」。築150年のうまやを改装したもので、代表である佐藤名子さんの「時を経るほど価値を増す建物を残したい」という強い思いで実現しました。

キャンプ場を手作りしてきた佐藤幸治さんと娘の名子さん。「葺き替えには高額の費用がかかりますが、今後はクラウドファンディングなどを利用しながら維持していきたい」と名子さん


草原を守れ! 茅切りでも野焼きボランティアが活躍

阿蘇には広大な野草地があるにもかかわらず、茅場として十分に活用できていない理由は、茅を切る人がおらず、それを管理する仕組みがないから。そこで立ち上がったのが、阿蘇の草原維持活動を行う公益財団法人阿蘇グリーンストックの関連企業であるGSコーポレーション。牧野組合に茅場を提供してもらい、野焼きボランティアや地元の方たちに声を掛け、阿蘇の茅を全国に出荷するプロジェクトを3年前にスタートさせました。昨年は8700束を出荷、今年は1万2000束を目指しています。

「茅切りをすると安全に野焼きができるというメリットもあります。また、今後は地元の方の冬季の収入源としても定着できればと思っています。最終的には3万束くらいは出荷できるようにして、阿蘇の茅のブランド化を目指します」と担当の山本保孝さんは話してくれました。

茅切り作業を行う野焼きボランティアの皆さん(波野村/町古閑牧野)

野焼きボランティアの方に聞きました

靏﨑一憲さん(74歳)・阿蘇市在住

国立公園の真ん中で暮らせている幸せに、草原を守っていくためのお手伝いで報いたいと思っています。

溜渕和久さん(71歳)・熊本市在住

阿蘇の自然とスケールは唯一無二。茅切り作業も、これを後世に引き継ぐための大切な仕事だと思います。

GSコーポレーションの主な出荷先は関西方面で、特に「かやぶきの里」として知られる京都府・美山町では、葺き替えの多くに阿蘇産の茅が使われているそうです (写真提供/一般社団法人南丹市美山観光まちづくり協会)