熊本地震から6年 それぞれの道を進む若者たち
平成28年熊本地震の発生から、間もなく6年。若者たちの中には、熊本地震の経験が、その後の生活や進路を考える上で大きく影響したという人も少なくありません。今回、5人の若者に今の思いと、これからの目標を聞いてみました。
「未来は私たちがつくる」若者たちの挑戦
被災したことで、人や地域、社会、未来のために「自分がやりたいこと」を見つけたという若者たち。今の姿と、これからの夢・目標を紹介します。
共助できる人になりたくて防災士の資格を取得しました(玲来さん)
姉の背中を追い掛けて防災士になりました(星来さん)
益城町在住の畠山さん姉妹。姉の玲来さんは19歳で、妹の星来さんは17歳で防災士の資格を取得しました。防災士とは、日本防災士機構が講習と認定試験を通して、防災の意識・知識・技能を持っていると認証した人のこと。2人は学んだ知識を生かして、家族全員分の非常用持ち出し袋を準備したり、ハザードマップで地域の災害危険性をチェックしたりするなど、できることから行動に移しています。また、町の防災士連絡協議会にも所属し、防災訓練や避難所運営訓練にも参加。地域の防災を担う人材としても期待されています。
被災時、玲来さんは高校1年生、星来さんは中学2年生。日中は自宅を片付け、夜は避難所の駐車場で車中泊を続けていたそうです。「その頃、通っていた高校が避難所になり、同級生が運営を手伝っていたという話を聞きました。それで、私も “共助”ができる人になりたいと強く思いました」と玲来さん。共助とは、地域やコミュニティーの人たちが協力して助け合うことを意味します。大学進学後、講義の中で防災士という資格の存在を知り、講義や講習、試験を経て取得しました。
その姿に刺激を受けたのが星来さんです。「姉が災害・防災の知識を持っていることにすごいと思いました。ちょうどその頃、町が初めて防災士養成講座を開催すると聞き、私も参加してみました」と振り返ります。参加者の中で最年少ながら、見事合格。若き姉妹防災士が誕生しました。
最後に、2人から読者へメッセージ。「日頃から地域との関わりを大事にしてください。災害時にお互い助け合うことができます」(玲来さん)。「災害発生時にどこに集合するか、避難するかをあらかじめ家族で決めて共有することが大切です」(星来さん)
私の夢・目標
防災士の資格を生かして、益城町の人たちに貢献できるような仕事に就きたい。
夢は医療関係の仕事に就くこと。災害現場や避難所に行くこともあると思うので、防災士の知識を生かして役に立ちたい。
避難所での演奏会の経験と、復旧に携わる土木作業員の姿が将来を決めるきっかけに
高校卒業後に建設会社の岩永組(中央区)に就職、3年目を迎えます。同社初の女性土木技術者で、工事現場の測量や管理を担当。「熊本地震での経験が、この道に進んだきっかけ」と話します。
熊本地震の時は御船中の3年生。学校近くの広場で車中泊を1週間続け、その後1カ月間は避難所になっていた御船中で食事の準備やダンボールベッドの組み立て、トイレ掃除などをボランティアで行ったそうです。その間に、吹奏楽部副部長だった藤川さんは「避難している人たちを音楽で励ましたい」と思い、仲間たちに演奏会を提案、4月29日に実現しました。「避難されている方々から感謝の言葉をいただき、“音楽の力”“自分たちの力”が人の役に立てたことに喜びを感じました。同時に、これからも復旧・復興に携わっていきたいと強く思いました」と振り返ります。
もう一つ、藤川さんの将来を決めるきっかけになったのが、町の復旧工事に取り組む土木作業員の姿です。「町を元の姿に戻そうと頑張っている姿を見て、私もこの道に進むことを決めました」。熊本工業高校土木科に進学し、ローラー車や高所作業車などの免許を取得、2級土木施工管理技士の学科にも合格しました。就職してからは、さまざまな現場を経験し、社会における土木の重要性を改めて感じているそうです。「土木の道を突き詰めて、社会に貢献できる人間になりたい」と目を輝かせます。
私の夢・目標
女性ならではの視点を生かしつつ、立派な土木の技術者になって社会に貢献したい。
震災をきっかけに安心・安全な暮らしの大切さを痛感しました
寺本さんは昨年9月に警察学校を卒業。現在は小川交番に勤務し、地域のパトロールや家庭・事業所などへの巡回、事件・事故への対応など、地域の安心・安全を守るための活動を行っています。
被災時は高校3年生。「学校から帰宅した時に前震が発生。自宅を含め周囲が一斉に停電し、怖くて“死”が頭をよぎりました」。同居していた祖父母が避難に苦労する姿も印象に残ったそうです。さらに、1カ月ほどの車中泊でエコノミークラス症候群が課題に。「災害時の高齢者の大変さを実感し、福祉を学びたいと思いました」と、被災時の経験が進路決定のきっかけになったと話します。
高校卒業後は、熊本学園大学社会福祉学部へ進学。高齢者に関することだけでなく、障がいや環境問題についても学びを深めました。ちょうどその頃、警察官と交流する機会があり、警察という仕事に憧れを抱くように。「地震後、実家近くで空き巣被害があったり、ニュースで避難所での性犯罪を聞いたりして、弱っている人への犯罪に怒りを覚えた」という経験も警察官への道を後押しし、努力の末、採用試験に見事合格しました。
地震の経験が、福祉や防犯の意識の芽生えにつながった寺本さん。「安心・安全な暮らしは突然崩れてしまうことがある。だからこそ大切にしていきたい」と決意を語ってくれました。
私の夢・目標
目標は刑事になること。犯罪を一つでも多く解決して、地域の安心・安全を守っていきたい。
県外出身の若者も活躍中!
熊本地震をきっかけに進むべき道を見つけたという人は、県内の人だけではありません。遠くから熊本のことを気に掛け、復旧・復興の役に立ちたいと行動を起こした人たちもいます。その一人が、栃木県出身の粂川さんです。
粂川さんは2012年に東海大学農学部に進学し、キャンパスがあった南阿蘇村での生活をスタート。「南阿蘇村での学生時代はとても楽しくて、充実していました」と振り返ります。16年3月に卒業し、群馬県の第三セクターに就職するも、南阿蘇村のことが恋しく、「いつかは戻りたい」と思っていたそう。そんな時、4月に熊本地震が発生しました。
「16日の朝、大学のゼミの同級生や後輩とのグループLINEを見て、地震が起こったことを知りました。安否確認や被害状況のメッセージが飛び交っていて、心配でたまりませんでした」。何か役に立ちたいと一念発起し、17年に南阿蘇村の地域おこし協力隊に応募。採用され、3年にわたり移住・定住支援業務を担当しました。その後、村役場職員の採用試験に挑戦。合格し、昨年4月から健康推進課で村民の暮らしをサポート中です。「南阿蘇村は第二の古里。これからも継続して地域の役に立っていきたい」と、村に寄り添い続けることを心に決めています。