減量を必要とする疾患 肥満症

「太り過ぎ」の状態を通り越して、健康障害を引き起こすのが「肥満症」です。今回はこの「肥満症」に焦点を当て、最新の治療などをお伝えします。
(編集=坂本ミオ イラスト=はしもとあさこ)
執筆者


教授 窪田 直人さん
肥満症治療センター センター長
- 日本内科学会認定内科医
- 日本内科学会認定指導医
- 日本糖尿病学会認定専門医
- 日本糖尿病学会認定研修指導医
- 内分泌代謝・糖尿病内科領域専門研修指導医
- 日本内分泌学会専門医
- 日本肥満学会認定肥満症専門医
- 日本肥満学会認定肥満症指導医
はじめに
県内の肥満者の割合全国平均を上回る
2022年の国民健康・栄養調査報告によると、わが国における肥満者の割合は男性で31.7%、女性で21.0%に上ります。特に男性は、13年から22年の間で増加する傾向が見られました。
また、熊本県の肥満者の割合は全国平均を上回り増加傾向にあることが健診データから分かっています。
県民の健康を守る点から、肥満および肥満症の啓発、積極的な治療の提供が重要な課題となっています。
「肥満症」とは
積極的な治療が必要な病的状態
「肥満」は、脂肪組織が過剰に蓄積した状態で、日本では体格指数(※BMI:Body Mass Index) 25kg/2㎡以上と定義されます。
一方で「肥満症」は、肥満に起因する健康障害を合併し、医学的に減量を必要とする疾患とされ、積極的な治療が必要な病的な状態です(図1)。
※BMI[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]で算出される値(身長はcmではなくmで計算)。体格を表す指標として国際的に用いられている
図1 「肥満症」と診断される条件


肥満症の診断に必要な11の健康障害
- 耐糖能障害(2型糖尿病・耐糖能異常など)
- 脂質異常症
- 高血圧
- 高尿酸血症・痛風
- 冠動脈疾患
- 脳梗塞・一過性脳虚血発作
- 非アルコール性脂肪性肝疾患
- 月経異常・女性不妊
- 閉塞性睡眠時無呼吸症候群・肥満低換気症候群
- 運動器疾患(変形性関節症:膝関節・股関節・手指関節、変形性脊椎症)
- 肥満関連腎臓病
もしくは
- 腹囲
-
男性:85cm以上
女性:90cm以上
肥満症の治療
新たな治療薬が使用可能に
2024年、肥満症の治療に関わる大きな二つの進歩がありました。
一つ目は肥満症治療薬として「持続性GLPー1 受容体作動薬セマグルチド(商品名ウゴービ(R)皮下注)」が認可されたことです。これと同一成分である「セマグルチド(商品名オゼンピック(R)皮下注)」は以前から2型糖尿病治療薬として使用されていましたが、今回改めて実施された臨床試験において、肥満症に対する効果と安全性が確認され、使用が可能になりました。
この薬剤は高血圧・脂質異常症・2型糖尿病のいずれかを有し、食事療法・運動療法を行っても十分な効果が得られず、
- BMIが27kg/2㎡以上で二つ以上の肥満に関連する健康障害を有する、または
- BMIが35kg/2㎡以上
―の症例が対象となります(図2)。
図2 持続性GLP-1 受容体作動薬セマグルチドの 治療対象となる症例


外科治療への保険適応基準が拡大
肥満症治療の進展の二つ目は減量・代謝改善手術の一つである「腹腔鏡下スリーブ状胃切除術」(図3)の保険適応基準が変更・拡大されたことです。
図3 腹腔鏡下スリーブ状胃切除術


全身麻酔で行う腹腔鏡下手術。胃を小さくすることで食べる量を少なくする。また、胃からは食欲増進ホルモンが出ているため、手術後は多くの場合、食欲が低下する。
6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られない
- BMIが35kg/2㎡以上の肥満症の患者であって糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、非アルコール性脂肪肝炎を含めた非アルコール性脂肪性肝疾患のうち一つ以上を合併しているもの
- BMI32~34.9kg/2㎡の肥満症の患者であって、HbA1cが8.0%以上の糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、非アルコール性脂肪肝炎を含めた非アルコール性脂肪性肝疾患のうち二つ以上を合併しているもの
―が対象となりました(図4)。
図4 腹腔鏡下スリーブ状胃切除術の適応
6カ月以上の内科的治療を継続した上で
- 〈BMI35以上の場合〉
- 糖尿病、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群または非アルコール性脂肪肝炎を含めた非アルコール性脂肪性肝疾患のうち1つ以上を合併。
- 〈BMI32~34.9の場合〉
- 糖尿病(HbA1c≧8.0%)、高血圧症、脂質異常症、閉塞性睡眠時無呼吸症候群、非アルコール性脂肪肝炎を含めた非アルコール性脂肪性肝疾患のうち2つ以上を合併。
これらの変更により、内科的肥満症治療の有効性が向上し、肥満外科治療がより積極的な選択肢となりました。
治療・啓発拠点「肥満症治療センター」
2024年11月、熊大病院に開設
肥満症に対する内科的治療の進歩や外科的治療の適応拡大に当たり、熊本大学病院は2024年11月に「肥満症治療センター」を開設しました。
肥満症治療に特化した多診療科、多職種(看護師、心理師、管理栄養士、理学療法士など)の横断的なセンターとして、肥満症に対する内科的及び外科的治療を含む、包括的かつ積極的な治療を提供しています。
肥満症に対する外科的治療が可能な施設は北部九州に集中しています。以前は、熊本県以南の地域において、地理的な理由で肥満外科治療を選択できなかった患者が多くおられました。
熊大病院の肥満症治療センターは、中九州、南九州の肥満症治療の拠点として広く患者を受け入れ、地域の拠点病院との病診連携ネットワークを活用し、長期的に継続可能な肥満症治療体制を確立していくことを目指しています。
また、肥満症の治療の提供だけでなく、肥満症に関わる研究・教育の推進、医療スタッフの育成、市民への肥満症の啓発活動の推進に積極的に取り組み、熊本県民の健康増進・生活の質向上への貢献を目指します。
※同センターは完全予約制です。原則、他院・他診療科からの紹介状の持参が必要です。
まずはかかりつけ医に相談を!


次回予告
次回は、「歯周病」についてお伝えします