ハードルが高い役所手続き 若者に寄り添える社会に【となりのあの子Web版 Vol.26】
親を頼れない子ども・若者を支援する団体「NPO法人トナリビト」代表の山下祈恵さんが、子どもたちと過ごす日々の出来事をつづります。
年度末は若者の引っ越し支援でドタバタでした。児童養護施設の卒業生や、シェアハウスから巣立つ若者たちの住所変更に一緒に行くのですが、毎回若者たちがつまずくのがこの「手続き」です。
社会的養護を終えて一人暮らしをすることになったある若者は、窓口で「旧住所の世帯主は誰ですか。お父さんかな?」と聞かれました。「自分は施設出身なのでよく分かんないんですけど…」と言うと、「施設…ですか?」ときょとんとされ、どうすればいいのか分からなくなってしまいました。
別の若者は初めて国保に入ろうとした時、「前の保険は何ですか?」と聞かれました。「里親の所にいたので『受診券』というのがあるんですけど…」と言うと、「受診券って診察券のことですか?」と返され、「いえ、そうじゃなくて措置中に発行されるものなんですけど…」と、これまた説明できずに黙り込んでしまいました。
DVから逃げ出したものの身分証明書が手元になく、市役所のど真ん中で途方に暮れている若者に出くわしたこともあります。「やっとDVの親から逃げてきたけど、身分証が全部親にとられてて。だから住所変更ができないって言われて、どうしたらいいのか分かりません」と言うのです。
親を頼れない状況におかれた若者が15歳~18歳くらいの年齢で社会に放り出された時、自身が置かれている社会的な状況(措置や児童養護施設等の仕組み、親権者との関係性など)について、スラスラと説明ができる子はまれです。
DV等から避難している場合、状況に応じて「住基ロック」という住所を秘匿にする仕組みを使うこともあるのですが、これも若者だけで手続きを完了するのは難しいケースが少なくありません。やはりそこには、親を頼れない子ども・若者たちの状況についてよく理解し、頼ってもいい大人の存在が不可欠だと思うのです。
社会人として大事な役所の手続きですが、親を頼れない若者たちにとっては大人が思う以上にハードルが高いもの。「意味が分からないから、しない」「いろいろと聞かれても答えられない」と、これがきっかけで住所不定になり消えてしまう子もいます。
親を頼れない若者たちの背景は複雑かもしれませんが、そういった若者たちの「できない」「分からない」にもっと寄り添える社会になっていったらすてきだな、と思いました。
でも若者たちに必要なのは、自分の持っている力を信じてくれる大人がいること。そしてその「信じる」とは、「失敗しないこと」を信じるのではなくて、「失敗してもまた立ち上がれること」を信じてくれる、ということです。新しい1年も、若者たちの持つ力を信じて、必要な支えになっていけたらと思います。
PROFILE
山下 祈恵
NPO法人トナリビト代表。親を頼れない子ども・若者や社会的養護出身者を対象に自立支援シェアハウスIPPOを運営する傍ら、相談窓口・居場所スペース、就労支援ネットワーク、学習支援、普及啓発活動等を通じて支援を行っている。公式サイトはhttps://www.tonaribito.net/